家に着いたときはすでに夜の7時をまわっていて、遅かったわね、という
ママに聞かれてもいないのに私は友達の買い物に付き合ってたの、と答えて
しまった。玄関に並ぶカナの靴が目に入って、大きく深呼吸をした。
「ねえ莉奈、ちょっと」
今私が何をしてきたのかなんてママに知られているはずないのに、私はなん
となく正面からママの顔を見ることができなかった。きっと私はまるで
悪戯がばれた子供のような顔をしているんだろうな、と思った。
「カナがね、振られちゃったらしいのよ」
ドクン、と大きく高鳴る心臓。
黒澤くんだっけ、とママは付け加えた。ちょっと様子見てきてくれる、と
いうママにわかった、と小さく頷いて、私は2階へ上がった。ママがわかっ
てるくらいだから、きっとカナは泣き顔で帰ってきたのだろう。
私はバッグを置きに自分の部屋に戻り、ベッドに一度腰を下ろして再び
大きく深呼吸をした。これから私がしようとしてること。真実を告げた
瞬間から私たちの関係はもろくも崩れていくのだろうか。
だからといってずっと隠し通せるわけもない。黒澤くんの手をとった
瞬間に、私はきっとカナを切り捨てたのだ。
いざカナの部屋の前に立つと、やはりなかなかドアをノックすることが
できなかった。カナの泣いた顔、怒った顔、私を責めるカナの姿を想像
するだけで足がすくんだ。ケンカもほとんどしたことがなくて、周りから
いつも仲が良いことを羨ましがられていた私たち。
意を決してドアに手を伸ばしたその時、内側からドアが開いた。
「莉奈ちゃん…」
そこには目を真っ赤にしたカナが立っていた。私を見たとたん、一度は
止まっていたであろう涙がまたカナの瞳から溢れ出した。私の肩におで
こをつけて声を押し殺して泣くカナを見て、どうしようもない罪悪感が
私の中に生まれた。
そしてそれと同時に、カナが黒澤くんの相手が私であることをまだ知ら
ないと悟った。
「カイトね、好きな人ができたんだって…」
ドクン。
「でも、同じ学校のコじゃないみたい」
ドクン。
カナ、私ね。
「莉奈ちゃんがいてくれて本当によかった」
一生分の勇気を振り絞っていいかけた言葉は、カナの意外な言葉に隠れ
た。学校では友達が慰めてくれたけど、こういう時って家に帰って部屋で
1人になったときに一番悲しくなるの。でも私には莉奈ちゃんがいてくれ
るから、こうやって思いっきり泣いてしまえるし、甘えさせてもらえる。
ごめんね莉奈ちゃん、ほんと、甘えてばっかでごめん…。
そこまでいうとまたこみ上げるものがあったのか、カナの言葉は途切れた。
カナの肩を抱いているだけの自分。今ここでいわなければ、今以上に後悔
する時がきっと来る。
だけど私にはどうしてもいえなかった。何もいえないまま私はただカナの
頭を撫でていた。

