「莉奈ちゃん、ちょっといい?」


ある日そういって部屋に入ってきたカナが相談があるの、といってベッドに
腰を下ろした。カイトのことなんだ、といわれたときは一瞬硬直した。


「あのね、最近のカイトなんか違うんだ」


違うって何が、と私が努めて冷静に訊き返すと、カナは淡々と話し始めた。


「私に触れようとしないの。学校で会うときなんかは全然いつもと変わら
ないのに。最近じゃキスもしてないの。私どうすればいいと思う?」


抱いてくれたのはあの日が最後。ほら、家に初めて来た日。ママが買い物に
出かけた後で、ごめんね、莉奈ちゃんが隣りにいるのわかってたけどつい
そんな雰囲気になっちゃって。だってこんなこといえるの莉奈ちゃんだけ
なんだもん。
でも考えてみたらあの頃からちょっと変わった気がする、とカナはいった。
胸がちくりと痛む。でもその日は私が黒澤くんと初めて出会って、初めて
キスをした日。


「彼はきっと、大会が終わるまではそっちに集中しようとしてるのよ、
だからもう少ししたらまた元通りに戻るんじゃない?」


「…そうだよね。わかった、もうちょっと待ってみる、ありがと莉奈ちゃん」


カナはそういって部屋を出て行った。少し笑顔が戻ったように見えた。でも
そんなカナを見てまた胸が痛んだ。
自惚れるのはやめよう。あとで泣くのはどうせ自分自身なんだから。でも
あの日から黒澤くんが私だけに触れていたのだとしたら―



黒澤くんの本心が知りたい。



それから数日が経過しても黒澤くんが家に来ることはなかった。
でもある晴れた日の朝、一緒に家を出たカナが嬉しそうにいった。


「今日はテニス部の練習ないんだって」


だから今日は久しぶりにカイトを誘ってみるんだ、というカナは本当に
恋をしてる女の子って感じで可愛いと思った。
だけど本当はそんなカナが羨ましくて仕方なかった。


授業中も休み時間もうわの空な私に、同じクラスのカヨコが心配して声を
掛けてくれた。さては男でしょ、というカヨコにドキッとしつつなんとか
ごまかして迎えた放課後、当番だった音楽室の掃除を終えて教室に戻ったら、
帰らずにまだ教室に残っていたクラスメート達がみんな窓際に寄って正門の
方向を見ていた。


「どうしたの?」


「ねえ、門の前に立ってるコ、カッコよくない?あれ北高の制服だよね」


北高?まさかと思いつつ誰を待ってるのかなー、と窓の外をのぞきこむ
同級生をかきわけて辿りついた視線の先に見えたのは見覚えのある紺の
ブレザーと柔らかそうな髪。まぎれもなく彼だ。手に入れたくても届か
ない、いや手を伸ばしてはいけないはずの人。私は夢中で机の上に置いた
カバンをとり、教室を飛び出した。後ろから聞こえる嬌声など気にしては
いられなかった。
黒澤くんは走る私の姿に気付いてこっちを見た。そして笑った。息の乱れた
私をごく自然に受け止めた。


「…カナが今日はテニス部の練習がないっていってた」


だから黒澤くんを誘うんだって、確かにそういってたの。なのにどうして
こんなところにいるの?
うん、そうなんだ、と黒澤くんは静かに頷いた。


「今日は用事があるからって、断った」


だってさ、といって黒澤くんは私の手をとった。





「莉奈さんも、俺と同じ気持ちなんじゃないかと思って」





黒澤くんの目を見て思った。

もう、どうなってもいい。