黒澤くんとキスをしてしまった日、私はカナと目を合わせることができな
かった。なのに黒澤くんは変わらない態度でカナを迎えた。


「莉奈さんが食器を割って指を切っちゃったんだ」


確かにそういえばたとえ狭いキッチンの中に2人でいたとしてもおかしくは
ないし、現にカナはそれを聞いてすぐに絆創膏を持ってきてくれた。私は
こんなに動揺しているのに、少しも慌てずに取り繕うことができている黒澤
くんを見て、あらためてからかわれたのだと実感する。カップの破片を拾い
集めて片づけが終わると私は『じゃ、ごゆっくり』といってさっさと部屋に
戻った。


部屋に戻ると私はすぐにベッドにうつ伏せになった。
ほてった体が熱い。
なかなか熱が逃げていかない。
冷静に考えてみると、私はなんてことをしてしまったの。妹の彼と、妹が
いない間にあんなキスをして。きっと黒澤くんにとってはただのゲーム。
一瞬気を許したのは私だし、彼はそれを見逃さなかっただけだ。今日の
ことは忘れよう、それが誰にとっても一番いい、と自分に言い聞かせた。





数日後、カナがまた黒澤くんを連れて帰って来た。一足先に帰宅していた
私が部屋で着替えてリビングに下りたらちょうど2人とすれ違った。私は
平静を装ったつもりだったんだけど、俯いたままお帰り、と小さく呟いて
通り過ぎた。
黒澤くんが私を見ていたことにも気付いていたけど、こないだのことを
すぐに思い出してしまいそうで、顔を上げることができなかった。
ママが買ってきたケーキを食べて部屋に戻ろうとしたら、カナ達の分も
あるから声掛けてきて、といわれ、やむなく私はカナの部屋をノックした。
この扉の向こうでまた2人はキスしているかも、いやもしかしたらそれ以上の
ことをしているかもしれないと思ったけど、制服姿のままのカナがあっさり
ドアを開けた。


「ママがお茶の用意ができたから取りにおいでって」


「あ、そうなんだ、ありがと莉奈ちゃん」


ちょっと行ってくるね、と部屋の中にいる彼にいってカナは部屋を出て
階段を降りた。黒澤くんが部屋で雑誌を読んでいる姿がドアの隙間から
見えた。妹に伝言を伝えるだけなのになにかものすごく大仕事をした
ような気がした。そのくらい私は気が張っていた。ほっと一息ついて
私は部屋に戻ろうとした。