「…カイト?」


唇を不意に離した黒澤くんをカナは不思議そうに見つめた。


「なんかお姉さんに見られちゃったかも」


そういって黒澤くんは私がドアの外に置いたお盆を指差した。うそ、
ホントに、とドアの外をのぞくカナの影が見えた。



しばらくしてママが買い物に行ってくるわね、といって出て行った。
家の中には私とカナと、そして黒澤くんが残された。私が部屋でベッドに
寝そべって本を読んでいたら、隣りのカナの部屋から普段カナがあまり
聴かないようなヘビーなリズムの音楽が聞こえてきた。それもかなりの
音量で。
嫌な予感はしていた。だけどはっきりとベッドのきしむ音が聞こえてきた
ときにそれは現実となった。咄嗟に私は机の上に投げ出したウォークマンを
手元に引っ張ってきて、隣の部屋から流れてくる音楽に負けないくらいの
音量で自分の耳元を塞いだ。





何よりも嫌悪感を抱いたのは、この時裸で重なる2人の姿を想像した自分。





それからというもの、黒澤くんは時々家に来るようになった。カナと
ママとの会話から家に来るとわかっているときはなるべく寄り道をして
遅く帰るようにしていたし、家にいるときに突然やってきても私は適当な
理由をつけて外出した。
きっと彼は勘が鋭いだろうから、私に避けられていることには気付いて
いる。ただ、カナの私への態度は変わっていないから、そのことをカナ
には伝えていないようだった。
とにかく私の中に張り巡らされたアンテナが彼は危険だとサイレンを
鳴らしていた。



ある日学校から帰って家のドアを開けたら、玄関に大きなスニーカーが
カナのローファーの横に並んでいた。黒澤くんが来ているのを悟って
引き返そうとしたところをカナに見つかり、手を引っ張られてリビングの
ドアの手前でカナはとんでもないことをいいだした。


「ねえ莉奈ちゃん、私今からちょっと買い物してくるから、カイトに
お茶でも出してあげて。明日友達の誕生日なのにプレゼント買うの忘れ
ちゃったの」


「ちょっと待って、今日はママもおばあちゃんの家に行ってるのに。
黒澤くんも一緒に買い物に連れて行けばいいじゃない」


「女友達の誕生日プレゼント買いにつき合わされてもつまんないわよ」


1時間くらいで帰ってこれると思うからよろしくね!とロケット弾のような
勢いで家を飛び出したカナの後ろ姿を、私は呆然と見送るしかなかった。