息のかかりそうな至近距離に、この世の宝とすべき麗しいお顔があって。


なんと、わたしの背中にある壁に肘をついて、囲うように閉じ込められた。



しかも相手は、三好稀。



王道の胸キュンな体勢に心をときめかせる余裕もなく、冷たい汗が背中を伝う。

それに、想像以上のいい匂いがしますけれども!なにこれ、ガム?柔軟剤?まねしてもいいですか?



「なんなの?あと、どうしてずっと拝んでるの?」

「あ、これは気にしないでください」

「いや、気になるよ」



こんな距離感で拝むことになるとは思わなかったし、なんなら、わたしが拝んじゃうことご本人様に知られる日が来るとは思ってもみなかった。

そして、それを説明する日が来るとは、もう、頭が追いつかない。



「わたしにとっての三好くんは神様的な王子様だったので、拝まずにはいられないんです」

「は?」

「要するに、夏のせいです」

「青春みたいな言い訳するな」



こんな砕けた話し方をする三好くんなんて、知らない。

このたった数分間で、オタクが求めていた以上に推しとの距離が縮まってきている。




とりあえず、こうなったらもう、失うものもないし。


オタクは腹をくくるのだ。

せっかくのチャンスを無駄にしないために、すんすんと三好くんの匂いを吸い込んでおくことにした。


ちょうどわたしの鼻の位置が彼の鎖骨あたりにぶつかるので、夏らしく緩めたワイシャツの襟元から、清潔な香りが堪能できる。

ありがとう猛暑。一生ぶん吸っておこう。



「おい」

「はい?」

「匂い嗅ぐのやめて」

「あ、ばれてましたか、尊いですね」



心底嫌そうに眉を顰めてきたけど、そんな顔してもかっこいいので、三好くんは今日も優勝。



「なに?俺のファンの子?」

「ファンの子たちの存在は知ってるんですね、でも、わたしは違いますよ」

「だろうね、手作りのお菓子をくれたこともないし、昼休みのサッカーを観に来ないし、俺のジャージ盗んだりしないし」



どきどきしちゃうような絶対零度の眼差しでわたしを見てくるけど、なーんだ、やっぱり三好くんは王子に違いなかったみたいだ。



「そんなことまで覚えてくれているんですか、ファン想いです。さすが、推しの鏡です」

「……推し?」



耳になじみのない単語だったらしく。

こてん、彼は不思議そうに言葉を繰り返して首を傾げた。



正直、鼻血が出そうなかわいい仕草だったけれど、ぐっとこらえてはっきりと告げる。



「そうですよ、わたしと三好くんは、推す側と推される側の健全な関係です」