「じゃあさ、これまでに、彼氏いたことは?」

「ない」

「ないの?」

「うん、初めてつきあうのは、わたしのこと、すっごくだいすきって毎日言ってくれるひとって決めてるし」

「そんな恥ずかしいやつ、いる?」

「あのね、そういうひとは嫌。わたし、毎日いえるもん」



くだらないことを峰くんとふたりで話していると、三好くんが、はあ、とわざと大きなため息を吐いた。


なんとなく、ご主人様の機嫌がわるくなってきたのを察して、わたしたちは会話を止める。



「ねえ、オマエは、なんでも忘れちゃうの」



彼のため息の要因は、話し声がうるさくて邪魔だから、ではなさそうだ。だって、不機嫌の矢印はわたしだけに向いている。


なにか、また、仕事のミスだろうか?

命令されていたことを記憶から引っ張り出そうとすると、それを遮るように正解を教えてくれた。



「俺ら、キス、したのに」



隣の峰くんから息をのむ音が聞こえた。

たしかに、彼は気まずいだろうなと思うけど、三好くんの声が震えていたから、そちらのほうが重要だ。



茜色の光が、三好くんの白い頬に、長い睫毛の影をつくる。その儚さが、わたしはすきだ。



「俺は、オマエのことを見るたびにキスしたこと思い出して恥ずかしくなってうまく喋れないし、

オマエが帰ったあともひとりでこの部屋にいると、ああ、ここでキスしたんだなあとか思い出して困ってるんだけどさ、」



王子様のようにきれいに整ったらお顔が、くるしそうに歪む。

それさえも、うつくしくて。



「みゃーこのなかでは、もう、なかったことになってるんだね」



正しい返事を選べなくて、わたしはただ、伸びる影だけを見つめていた。