三好くんの仰せのままに


この夏休みは、とくべつなんだ。


わたしと三好くんは、本来、こんな近い距離にあるべき関係じゃない。

教室の窓から校庭を見下ろすのが、正しい距離感。



わたし、ちゃんと分かってるのに、三好くんがわるい。その距離を、ぴょんと飛び越えようとしてくるから、わたしばっかりが動揺している。



なんとなく、峰くんが整えている星空柄のお布団の天の川が、広い視界できらりと目立った。



飛び越えようとするくせに、しっかり飛び越えてはくれないんでしょ。そんなの、ずるいよ。




「峰くんは、ずっと、三好くんに仕え続けるの?」

「ん?」

「いや、わたしはお怪我が治るまでの期間限定だからさ、峰くんはどうなのかなーって」



慣れた手つきで三好くんが帰ってくるまでの準備を進めていく峰くんに、そのお手伝いをしながら訊ねてみる。

質問ばっかりしているわたしに嫌な顔もせず、こんどの彼は答えてくれた。



「俺と稀さまは、幼馴染って言ったじゃん?」

「うん、きいた」

「俺の家はね、代々、執事になる家系なの」



世間話をしながらも、てきぱきと出しっぱなしになっていた本やゲーム機を片付けていく峰くん。

ふうん、三好くんってゲームするんだ。そんなかわいい情報、しらなかった。



「俺はね、むかしからけっこう、人前に立つのが特異だったから、お母さんは俺を執事なんかにさせたくないって言い出したわけ。

ただ純粋に、じぶんの子を主役にさせたいってだけの親心なんだけど、だからこそやっかいじゃん」

「峰くんは、執事になりたくなかったの?」

「いや、べつに?どっちでもよかったから、ほんとにどうしよっかなーって悩んでたときに、まだ小学生だった稀さまが仰ったんだ」



いつになく饒舌な峰くんがそこで区切って、仕事の手を止めてわたしに告げた。



「おれが、峰をいちばんかっこいい執事にさせてやるから、おれに人生を預けなよって」



ああ、想像できる。

幼い三好くんが偉そうに、でも、どこか自信がなさそうにそれを口にするかわいい姿が。


わたしに話すときよりもずっと、三好くんは、峰くんの前だと幼くなるし、素直になる。



「大げさでもなんでもなく、本心から、一生このひとについていこうって思ったよね」



それは、ふたりの信頼関係を見ているからこそ、ドラマチックな響きを持っていた。

照れ臭そうに笑う峰くんは、やっぱり年相応で、人たらしだなあと思わせる。



「稀さまには誰よりも幸せになってほしいし、生きていてくれるだけでこの世の奇跡みたいなひとだなって思っちゃうんだ。俺ね、主人ばかなの」



彼が何年もずっと抱いてきたそれは、わたしが三好くんにたいして想うきもちと、よく似ていた。


話を終えた峰くんは、また、仕事モードに戻ってしまった。その背中を見つめながら、じぶんのだめっぷりに涙が出そうになる。



ただの、メイドとご主人様。
しかも、三好くんの腕が治るまで。



三好くんの部屋の空気がたっぷり吸い込める。

こんなに近くにいられるいま、めちゃくちゃ幸せなはずなのに、どうして欲張りになっちゃうのだろう。


友人同士ではなく、執事と主人の関係を選んだ峰くんは、普段のふたりの様子からすると意外にも、深くお慕いしていたりする。


その絶対的なふたりが羨ましいとおもうのに、もう、わたしは、主従関係では足りなくなってきてしまったらしい。



キスなんて、したからわるい。
あれさえなければ、こんなに、ぐるぐると三好くんに巻きつかれることもなかった。


いっぱい失敗を重ねちゃったし、きょうはもう、くたくただ。ご主人様に会う前から、みゃーこの体力メモリはちかちか点滅しています。