そのいち、うっかりバランスを崩して、くちびる同士がぶつかっただけ。

ありえない、こともない。現実的。



そのに、暗闇と映画のぬるいムードに流されてしまった。

これも、まあ、ありえる。夜は人を惑わせるので、星空カーテンは妖しい魔力が宿っていたかもしれない。



そのさん、相手は誰でもよいけどなんとなくキスしたい気分だった。

うーん、保留。三好稀という王子様の尊厳を傷つけかねないので。


そのよん、キスの悪魔に取り憑かれた。

これは映画の影響なので、ありえない。



そのご、三好くんはわたしのことが好き。

根拠を考えるまでもなく、ありえない。


こうして、三好くんのくちびるの感触をなぞったり、いきなりそれが起こった謎について考えてみたりするだけの時間を過ごしていた。



花壇のそばにある、雨除けになる屋根がついたベンチに、ひとりで座っている。

運動部の掛け声も響かない校庭は、ただ、雨が地面にぶつかる音だけが細かく鳴っている。


弱い雨に濡れて喜んでいるヒマワリを眺めて、心の中でたずねてみた。お日様と雨雲、どっちがすきなの。



ずるずる、考えごとに引きずられるように、悩みの渦に吸い込まれていく。


天気予報では、お昼前には晴れますよって言ってたのに。やっぱり、うそじゃん。


スマホのアプリを起動して、天気予報を改めて確認する。すると、今朝まではおひさま晴れマークを並べていたくせに、平然と傘を開いた雨マークに入れ替えてやがる。



なんだか、わたし、振り回されてばっかり。
 

そのくせ、振り回してくるほうは、「え?なんのことですか?なんにもないですよ、最初からこうです」みたいな、おすまし顔をするからずるい。


いくら待っても雨はやみそうにもないし、たかが、キスなんかでメイドを無断欠勤するわけにもいかない。


湿気に負けた髪の毛は調子がわるいし、ちょっと低めに位置するポニーテールはだらんとやる気がなさそうだ。


重たい灰色のきもちを抱えて、三好邸に向かう電車に乗り込む。やっぱり、空とこころは共鳴してる。



なんでキスしたんだろ?いや、もう、気にしても仕方ないし。

ていうか、どんな顔して会えばいいわけ?でも、きのうの三好くんはふつうだったじゃん。

そもそも、ふつうってなに?キスなんか気にしてるのは、お子様のわたしだけだよ。

なんで、お子様のわたしに、キスなんてしたんだろ?



どうどうめぐり、思考回路はもはや迷路。ゴールまで辿り着くことなどできるはずもなく、またも電車を乗り過ごした。