「園田、そろそろ帰る時間ですよ」
何か大事なことを言いかけたところで、執事の皆くんがタイミング悪く現れた。
いや、これは完全なる確信犯だ。優秀な峰くんがそんなミスを犯すとは思えないから、タイミングを見計らって現れたに違いない。
わたしのほっぺたを引っ張っていた指先が、ぱ、と離れていく。よかった、地味に痛かったんだもん。
じぶんのほっぺたを労るように撫でていると、三好くんがいらついたかんじで峰くんに声をぶつけた。
「じゃまするなよ」
「お勉強の邪魔になってしまいましたか?失礼しました」
「峰、爽やかどころか性悪じゃん」
「稀さまは、王子どころかクソガキに見えますが」
このふたり、仲が良いのか悪いのかわからないな。ふたりだけの理解がある会話を繰り広げているので、信頼関係はしっかりしていることだけわかる。
そんなことを思いながら大きな窓のそとを見てみると、大粒の雨が地面を叩きつけていることに気がついた。
このお屋敷は防音設備がしっかりすぎていて、おそとの様子が伝わりにくい。
「夕立ですね」
窓に視線を向けているわたしに気が付いた峰くんが、短い説明を落とした。
高い位置で定着させた夏休みのポニーテールが、湿気によって、ちょっと癖づく。
それこそ三好くんなんて、ふわふわと猫っ毛がやわらかく波うっている。顔がきれいなので、そんな髪の癖も、おしゃれパーマみたいに見えるから不思議だ。
「園田、着替えておいで。うちの運転手に、車で送らせます」
「え!雨だから?」
「はい、それに、よく稀さまをお世話してくれているご褒美です」
「わーい!ラッキー!着替えてくる!」
ぜんぜんお世話できてないけど、ご褒美ならいつだって貰うつもりでいるのだ。
いつもは電車で帰るのだけど、ちょうど通勤ラッシュとぶつかるらしく、満員電車に1時間揺られなければならないのだ。乗り換えもあるし。
真夏の電車は、湿気もあるし、あんまり空気がよろしくない。わたしがお花だったら、萎んじゃうと思う。
そんなわけなので、三好邸の運転手さんに送ってもらえるというのは、最高にハッピーな出来事なのだ。
きょうの星座占いは見忘れちゃったけど、1位な気がする。あんまり信じないけどね。
天気予報では、今日はいちにち晴れるでしょうって言ってたし。どっちもどっちで、テキトーなかんじ。



