うっかり見惚れてしまったせいで、お返事するのを忘れていた。無反応のわたしに、三好くんは目を細めてふざけて睨んだふりをする。



「みゃーこ、これは命令だぞ。〝おて〟って言われたら、わんって鳴けよ」

「みゃーこなのに犬なんですか?猫じゃなくて?」

「じゃあオマエは、にゃあって鳴いて〝おて〟するのか?へんでしょ?ね?」

「まあ、それはたしかに、へんですね」



三好邸のお抱えシェフが作ってくれたお昼ご飯をご馳走になって大満足のわたしたちは、ゆるゆると宿題を進めながらお喋りしている。


宿題といっても、三好くんのほうがずっとずっと勉強ができるし、方程式を解くのも速い(念のため言っておくけど、わたしは平均くらいで、三好くんが優秀すぎるだけ!)。

だから、三好くんが計算した答えを、右腕代わりのわたしが書いていくという二人三脚のシステムでがんばっていた。


峰くんは執事としての仕事があるらしく、それが終わったら合流するらしい。


彼はしっかり働いているけど、わたしはずっと、三好くんのお友だちみたいな扱いだ。三好邸に仕えているみなさんも、とても優しくしてくださる。


これでいいのかな?と首を傾げる日々も通り過ぎて、8月に入れば、大豪邸のお屋敷にも慣れてしまった。



「はい、おて」

「わん」



細く伸びた指先がきれいな、意外と大きな左手。

そこにじぶんの、ひとまわり小さな右手を乗せて、わたしはしぶしぶ鳴いてみせた。


「〜〜〜っっ、くぁ、」

「く?」



おふざけにノッてあげたというのに、三好くんの反応はなんだかイマイチだ。何かを堪えるように、ぎゅ、と厳しい表情をしている。

ひとことだけ漏れた音を拾って聞き返すと、彼は、こほんと咳払いして、あまりにもへたくそな話題の転換を試みた。



「く、果物っておいしいよね」

「はい?」

「おいしいだろ!」

「まあ、そうですね、三好くんは、なんの果物が好きですか」



ついていけないほど急な角度で話を変えてきたじぶんがわるいのに。わがままな主人にしっかり圧をかけられたので、メイドは慌てて話を合わせることにした。


わたしの質問に、すこし悩んだ様子の彼は、小首を傾げて答えてくれる。



「うーん、いちご?」



この世でいちばんかわいい単語と、この世でいちばん尊い三好くんの組み合わせ。