「永瀬」

 月曜日の朝、教室に向かって廊下を歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。


 振り返ってみると、梓が駆け寄ってきているところだった。

 朝練をしてきたのだろうか、少し汗ばんでいる。


「おはよう」

「おはよう。大会、どうだった?」

 横に並んだ梓に顏を覗き込まれる。


「あはは、駄目だった」

 まさか朝一番で結果を尋ねられるとは思っていなかった。


「そっか」

「でも、出てよかったなーって思えた」

 私がそう言うと、梓は優しい笑みを浮かべた。


「あと、昨日はメッセージありがとう」

「おう」

「そう言えば、どうして大会だって知っていたの?」


 梓とは席替えしてから一度も喋っていなかったはずだ。


「永瀬の友達……中嶋さんだっけ? あの子に聞いた」

 凛ちゃんか。席が前後になって話をするようになったんだな。

 ……仲良くなったのかな。凛ちゃん、可愛いし。


 そう思い至ったところで、醜い感情が顔を覗かせていることに気づき蓋をする。卑屈になるのは止そう。

 それに、そんなことを気にするなんて、まるで梓のことが好きみたいじゃないか。


「うわっ」

 梓に顔を覗き込まれていることに気がつき、驚いて声が出てしまった。

 やたらと顔が整っているので近すぎるのは心臓に悪い。


「急に黙り込んだから、どうしたかなーって思って。そんな驚くとは思わなかった。ごめん」

「ううん、私の方こそごめん。ちょっと自分の世界にトリップしてた」

「なんだそれ」

 梓が笑う。


 今は過去のことを水に流し、クラスメイトとして円満な関係を築けている。

 それで充分だ。それ以上のことは望むまい。