きゅっ、と唇を噛んでから、シルフィスはリシュナのそばに進み出る。
 足音は、隠さない。
 リシュナは驚いた様子でふわりと岩から浮き上がり、木陰から姿を現したシルフィスを見た。
 シルフィスはリシュナの前で地面に片膝をついた。
「まだあなたに謝っていなかった」
 尋ねるような目で見下ろすリシュナに、頭を垂れる。
「ナーザの家で、僕はあなたにとても失礼な振る舞いをしてしまった。許してほしい」
「……あんなのが失礼だなんて、さすが王子様は品がいいのね」
 シルフィスは顔を上げた。リシュナはつんとして月を見ている。
「気にしてないわよ。最初に突っかかったのは、あたしの方だもの……それで、何の用?」
「用?」
 思わず聞き返した。
「雷帝のことで、聞きたいことでもあるの? ナーザの前じゃ聞きにくいこと?」
「いや……だから、謝りに来たんだけど」
 月を見ていた瞳がシルフィスを向いた。呆れたような表情が浮かんでいた。
「謝りに、って……それだけ?」
「だから、悪かった、と思って」
 まじまじとシルフィスを見つめてから、リシュナは目を閉じて深いため息をついた。
「伯父さんにまんまと騙されるわけね。こんなに人が好いんじゃあ」
 言葉がぐさりと胸に刺さった。