「兄ちゃん!」
 呼びかけた声にふり向く瞳も、光に透ける綺麗な金茶だ。
 男の子と母親が少年に向かって走ってくる。足を止めた少年に追いついて、母親がその手を握りしめた。
「ありがとう、ナーザ!」
 横で男の子が頬の涙を拭い、ナーザを見上げる。
「ありがとう! 電気クラゲの兄ちゃん」
「誰が電気クラゲだ、だ・れ・が・あ」
 ナーザは、少しつり上がった大きな目を眇めて、思いっきり不満そうに声を上げた。不満そうだが、声は明るい。金色の髪をくしゃりとつかんで。
「『雷帝』って呼べ、って、教えただろー?」
 同時に、母親が子どもの頭を、ぺしっ、と叩いた。
「このおバカ、助けてもらったんだから、今日ぐらいは『雷帝』って呼んであげなさいよ」
「え、あ、ありがとう、雷帝クラゲ」
「だからクラゲじゃねえっつうの」
 ふわふわ揺れる髪から手を離し、ナーザはその手を男の子の頭にポンとのせた。にっ、と笑う。
「ケガなくて良かったな」
「うん!」
 元気に返事する男の子と母親に手を上げて、ナーザは再び歩き始める。
 いきなり風が変わって、髪が顔にかかり、ナーザは髪を払って顔を上に向けた。
 金茶の瞳の先には、鐘楼。
 その空に伸びる尖塔の先で、笛吹き少年の風見が、東から南にくるりと向きを変えていた。