放課後、いつもの通り中庭の花の世話をしていた。花の種類とか何も知らないし、園芸部に入っているわけでもない。でも、とにかく誰も世話していない花を見るのは嫌だと思ったから、やり始めた。
「この花なんて言うんだっけ…」
どこからか聞こえる運動部の掛け声に、つぶやきはかき消された。
「ふう…」
日が傾きはじめて、西日が差し込む中庭は、この季節はとても気持ちいい。風もよく通るし。
「よっ、優等生」
「あんまりそれで呼ばないでくれる?」
「いつかやめるよ」
「いつ?」
「さあ?優奈次第かな」
「意味わかんない」
まあ、特段困るわけでもないし、個人的に嫌気がさす程度だからいいんだけど。…やっぱりけっこう嫌かもしれない。
「ま、好きな様に呼んで。去年からの付き合いだし、そんな気にしないよ」
「…だな」
ふだんはひとりだから、誰かと話しながら作業するこの時間は新鮮。こういうのもいいかもね。
「なあ、あそこ座ろうぜ」
「…いいけど、なんで?」
「世間話だよ」


そういえば、隣同士でロンと話すことあったっけ。ほとんど無いような気がする。これもまた新鮮。
「お前の親御さん、転勤族なんだよな?」
「うん」
「前は、どこにいたんだ?」
「兜園。思い出はあんまりないけど」
「は!?すっげえ贅沢なところだろ!なんでこっち来たんだよ?」
「…さあ。お父さんの都合だから」
「いいなー、別荘とかいっぱいあるのか?」
「特には無かったと思うけど。それに、ふつうの住宅街だし」
「なんだ、意外だな。金持ちがナワバリ張ってると思ってたのに」
「なにそれ」
「ははは。…あれ?兜園ってたしか、火事とか起こらなかったか?」
「…うん。巻き込まれた」
「大丈夫だったのか?」
「だから生きてるんだよ」
「そーでした」
「人間、火事のひとつやふたつは経験してるでしょ」
「いやいやしないって」
「そう?怪我と似たようなもんじゃない?」
「比重が違いすぎるだろ…」
「ないの?不思議な経験みたいな」
「俺はないかなあ」
「なんだ、つまんない」
「そーゆー優奈はどうなんだよ?」
「私?」
「フシギな体験」
「あるわけないでしょ」
「やっぱねえんじゃん!」



世間話を終えて、少し落ち着く。何も考えなくてもいい時間は、息抜きにとても助かる。陽の光も、ちょうどよく当たってくれる。
「そうだ、優奈。遊びに行こうぜ」
「遊び?」
「うんとオシャレするんだ」
オシャレ…全く考えたことなかったっけ。うん、アリかも。
「いいかもね」