「知り合いか?」
「…分からない」
顔もよく知らない。声も聞いたことなんてない。でも、会った気がする。いいや、どこかで会ったんだ。私と彼女は、どこかで会った。それは確かなことなんだ。
「覚えてないよね…うん、ゆっくり思い出そう」
「でも、本当にどこかでっ」
「大丈夫。私が思い出させてあげるから」
どこかで会ったことはあるのに、思い出せない。記憶が逃げるみたいに。
「ていうか、ロン。本当に油断しすぎ」
「…大丈夫かなって」
「バカなの!?ロンは居場所が割れてるんだよ。それなのに、こんな無防備で…どうぞ殺してくださいって言ってるようなもんだよ」
「わ、悪かった。俺の落ち度だ」
敵に居場所が知られていて、いつ殺されてもおかしくない状況。手のひらの上で遊ばれているような感覚。
…私は、この感覚を知っている。誰かに狙われたことがある。命を奪われそうになったことがある。
いったい誰に?
「とにかく、ここを離れよう。私たちが守るから」
「う、うん」



帰りの電車のなかで、ヲルが少し話してくれた。人は突然変わること。死んだ先の世界があること。どこかにだれかの妄想の世界が広がっていること。
「覚えてない?」
「…うーん……」
「優奈、何かあったのか?」
「デリカシーなしロンは黙ってて」
「はい」
まったく知らないと言えば嘘になる。その話たちは、すべて体が覚えているような気がする。どこかで、とてつもない経験をした。それは間違いないのに。
「とても大事なひとがいたような気が…」
「まだ…か。先は長いかもね」
「ごめん、なさい。私なんかに」
「ううん。あっちでも仲良くしてたからね」
「あっち?」
「……うん」



「着いたな。優奈、おつかれ」
「うん。誘ってくれてありがとう」
「ああ。また行こうぜ」
なんだかんだ楽しい日になった…とは言いにくいけれど。
「優奈ちゃん。これから、時間ある?」
「あるよ」
「…ちょっと、いいかな。ロン、今日は借りるね」
「分かった。遅いから気をつけてなー」
日が沈むのが遅いおかげで、まだ空が赤い。綺麗な景色のはずだけど、どこか落ち着かない。最近、そう思うことが強くなった。
「大丈夫だって、思うんだけど。なんでかな、落ち着かないのは」
「…思い出すときが来たんだよ。大丈夫、私がいるから」
「どういうこと?」
「優奈ちゃん。この神社、見覚えない?」
目の前には、門堂神社がある。今までに何度も訪れたし、お願いごとをした。…覚えてる?
「私、ここでだれかと…」
男の人と出会った。そのひとは、ずっと敬語で、いろんなことを知っていて、誰のこともよく知っている……
—誰のことだろう。
「ダメ。やっぱり思い出せない」
「…やっぱり、ダメか。うん、今日はここまでにしよう」
「なんか、ごめんね。何も覚えてなくて。ヲル…さんのこと、絶対覚えてるはずなのに」
「その言葉が聞ければじゅうぶん。ゆっくり、まったり行こ?」



「…か、け…?」