三橋教授のことは、高校の時から一目置いていた。

 一度高三の時に行われた大学体験の授業で、うちの高校が三橋教授を招き講義を受ける機会があったのだ。電子工学にまつわる授業を触り態度で話しただけでクラスメイトの大半が「意味がわからなかった」「ハズレだった」と欠伸(あくび)を噛み殺す一方で、自分は教授の話に感銘を受けていた。

 まず話が上手い。それで、と先を乞う話の運び方をする。これはきっと対人スキルに置いても活用出来るところで(俺はしなかったが)、一人で学ぶには苦手意識のあった量子論電子工学も分子エレクトロニクスの分野も、彼があって克服出来たと言っても過言ではない。

 導かれるように教授のいる大学を受験し、大学院に進むよう道を示してくれたのもこの人だ。教授の下で引き続き学びたいと二つ返事で受諾した俺に対し、そこに何の手違いがあってか剣菱もついてきた。同じゼミだというのに一方は電子回路に夢中になり、片やもう一方は今この瞬間も恐らく合コンに精を出している。

 人間好きか嫌いかが招く、これは大きな差異だ。


「おっ。来たね」


 自分を実の親よりも慕っていることを知っているからこそ、教授はよく突拍子もなく「遊びにおいで」と俺に声をかけてくれる。普段はそうだ。それが、今日に限っては「休みに(・・・)おいで」と持ちかけた。

 事は、それが全てだ。


 散らかった研究室の一角で手作りのボードゲームに勤しんでいた教授は、スーツに皺まみれの白衣を羽織って没頭している。以前にその白衣の意味はあるのかと訊いたら形から入るタイプなのだと言っていた。変な人だ。変な人を寄せ集める習性、或いは才能があるのかもしれない。
 ボードゲームの中身は一見するとただの電子回路の迷路で、黒一面の基板に無数の回路が連なり、常人が見たら意味がわからず即座に目を逸らす様な代物だった。ただ俺は飛びつく。この世界で見ていて一番落ち着くもののNo. 1が、電子回路だから。


「これ、教授が?」

「めちゃくちゃ大きいの作っちゃったんだよねー。この前新入生にまるで電車の路線図? って野次られちゃった」
「言わせておけばいいです、この浪漫(ロマン)は知るものにしかわかるまい」


 落ち着く。延々と眺めていられる。桐子が自分の芸術に陶酔する理屈もこの瞬間だけは理解出来る。当の本人に関しては芸術と電子回路は別物で並べるなとボヤいていたが。