「本件は第一被験者の男性と余りにも症状が酷似してる。断定して間違いないでしょう」
「…通常の花餌と相違している点は?」
「皮下出血が全身に回り衰弱するケース、とはこの場合異なります。いかんせん症例が少ない。奇形は今のところ全体の1%にも満たない」
おもむろに浪河が自分の荷物を引っ張り出し、大きな本を取り出す。分厚いそれはスクラップブックのようで、開くと無数の新聞記事や読めない字の羅列がびっしりと黄ばんだ紙の上を走っていた。
「これは」
「〝奇形〟コレクションっす。プライベート産物」
個人趣味なんで教授には内密に、と人差し指を突き立てる浪河の隣で中腰になり、その記事の一連に目を通していく。本当か嘘かわからない内容は海外の記事が多く、中にはドイツ語やポルトガル語と思しき物も散見された。
「芽が出るんです」
「芽?」
「ええ。文字通り、骨部に発見された第一種子を元手に、やがて血管を芽が伸縮していきます。血が蔓になるというとイメージしやすいっすね。人間としての機能を失い、蔦がやがて脳に寄生する。ドイツで発見された第二ケースの女性がそうだった。女性としての機能、所謂月経周期も見られなくなり水分だけを求めるようになる。血管を突き破った蔦が腕に巻き付き、〝最期〟を看取った父親曰くその姿はまるで植物そのものだったと」
想像する。
スクラップブックの写真。どこかの教会で最後を迎えたと思しき奇形の第二罹患者は、新聞記事の中、キリストを象徴する十字架の前に跪いていた。
「寄生されると言語能力の低下の末やがて言葉がわからなくなります。会話はおろか自分が何者かも理解出来なくなるでしょう」
「…淡々と言うんだな」
「花餌オタクなんで」
ぱた、とスクラップブックを閉じた拍子に、足下に一枚の葉が落ちた。ぎざぎざした、赤くなる前の紅葉のような、それにしては葉が大きい。青青しく、どこか刺々しい生命力に満ちた葉脈。
「…大麻?」
「あじゃす」
ぴ、とふんだくられた。慌ててスクラップブックに戻す浪河に視線だけを留める。
「なんでそんなもん持ってんだよ。日本じゃ違法だぞ」
「加工したらの話でしょ。葉一枚持ってる程度罪に問われませんよ、ワンチャン類似植物とか言って誤魔化します」
ふ、と息を吹きかけ大事そうに本の間に挟んだ大麻を眺める浪河に違和感を覚える。そのまま見据えていたからか、浪河が視線だけを俺に向けた。
「知ってますか青磁さん。奇形の花餌罹患者から栽培できる葉は花ごとに違い様々ですが、その中になぜか必ず大麻が混じってるんす」
「…」
「奇形の罹患者は自身から発芽した種子に逆らえない。死ぬまでね。何故なら植物への過程に抗うことは絶命に直結するからです。
一度ヒトを栄養源とし成長、根を張り侵食した末になくてはならないものとし、宿主を乗っ取りいずれ廃人へと導く。あれ? これってなんだかまるで」
浪河の目が空を仰ぐ。
「マリファナのようですね」



