がたん、と物音がした。
二人揃って振り向いて、咄嗟に部屋を出る。二階の空き部屋から見下ろすと、一階に該当する、アトリエ。その壁の隅に、眠りから目覚めたのか桐子が座っていた。日光を眺めている。
時刻は、13時ぴったりだ。
「…あ、もしもし。自分す。はい。例のお願いします」
突然誰かに電話をしたのか、それだけ言ってスマホを切る浪河に振り返る。
「誰に連絡したんだ」
「同期です。レントゲン車両を頼んだ」
「レントゲン車両?」
「安心してください、健康診断なんかで胸部X線撮るあれと一緒すよ。青磁さん、桐子さんの痣の初見は肋骨と記載がありましたが、あれは確かですか」
「ああ。皮下出血が全身に広がると思ってたけどある一定時期からその症状が低迷してるように見える。ここ一週間ほどかな。痣に関しては黒ずんでいてそれ以上変わってなかったよ」
「なるです」
階段を軽快な足取りで降り、浪河が桐子の前に立ちはだかる。影になるのが惜しいのか、その時初めて桐子が浪河の前で表情を崩し、そして日光に焦がれるように体を背けた。
程なくしてアトリエの前に車両が停まる音がする。柔く抵抗するその腕を取り、立ち上がらせる。浪河が自分より背の高い桐子の手を引いて歩く様は、まるで妹が姉を引き連れているようにも見えた。
「一応聞きますが彼女妊娠とかしてないすね?」
「ないよ」
「おけす。じゃあ最後の虱潰しだ」
X線写真はすぐに結果が見られるものなのか、アトリエの中からトラックに乗り込む桐子を見守っていると、5分ほどで出てきた。まだ意識が覚醒し切っていないのか足元が覚束ない桐子を迎え入れ、椅子に座らせる。やはり自分の創作を眺めて顔を傾け、不思議そうにしていた。着想を得ている、のとは程遠い表情で。
トラックがアトリエから離れていく音がする。その音を聴きながら視線を伏せると、浪河が戻ってきた。無表情だ。足が車になっているタイプのシャウカステンをからから引きながら、コンセントにコードを差し込む。
固唾を飲む俺と呆然としている桐子の前で、浪河はたった今撮影されたと思しきフィルムの一枚をそこに差し込んだ。
「【奇形】ですね」
「…きけい?」
「花餌の変異種っす。初見は1982年にアメリカのコロラド州で発見された32歳の市役所職員。通常の花餌罹患者に見られる皮下出血の症状に加え、初期症状の異常な飢渇、過剰な気温変動の嫌悪、決め手は骨部の発芽」
ペンで示されたX線写真には、通常人間に見られるはずのない芽が確認出来ていた。肋骨。
桐子が芽が出たと言ったあの部位に。



