マリファナの樹

 
 監視カメラの確認をしに別室で作業をしていた浪河が出て来た時、思わず立ち上がった自分がまるで妻のお産を待つ夫の姿のようだった。今日に限って研究を蹴りすぎた結果大学に呼び出された剣菱がいなかったこともあり、思うより相当堪えていたらしい。


「結果は」

「結論から言いましょう。不明確」
「は?」
「だから、まだわからん」

「…三日記録したんだ。あんただって無駄に時間費やした訳じゃないだろ、何か算段があるはずだ。…もしくは兆候でも」

 中性的な話し方でつい見落としがちではあるが、浪河は、曲がりなりにも女性だ。編み込みされた肩ほどの茶髪を整え首を掻く姿がどういうつもりが読めず、深く息を吐く。すると彼女はぴ、と親指で背後の部屋を示した。

「見てみます?」



 

 こっちが事前に用意した浪河の作業部屋、要はアトリエの空き部屋は、9畳ほどの間取りにテーブルと、一台のノートパソコンが置かれていた。隣には水のペットボトル、そして浪河の荷物。疑ってはもちろんいないが、そこに遊びや冷やかしの形跡はなかった。

 そういえば、三日間の記録を確認するにしては彼女が部屋から出てくるのが早かった。家に来てから三時間ほどだ。一日を一時間で確認したことになる。とすると本当によく見たのか、と懸念する一方で、彼女は映像の一部切り取りを行っていたのか、気にかけた場面をピックアップしてデスクトップに並べていた。

「指定したとこだけ見せますね」

 部屋が白く何もないだけにプロジェクター持ってきたらよかった、と欠伸を噛み殺す浪河の隣で、ノートパソコンに集中する。暗い部屋で、瞳孔をブルーライトが照らしているのがわかった。

 ピックアップされた動画は、単純なものだった。絵画に集中する様子、水を飲む様子、部屋を出る様子。それらが何気なく過ぎてから、一つ不思議な点があった。

 桐子がおもむろに動きを止め、天井を仰ぐ。椅子に座ったまま何かを感じているのか、その視線の先はずっと上だった。そのまま数分動かない。そしてふいに、何かに誘われるように席を立つ。腰掛けていた木の丸椅子が倒れ、これがかつて桐子が絵を描く時に欠かせない道具の一つだと豪語していた愛用品だけに、更に違和感が増す。不意に俺が小指をぶつけても椅子を心配するような薄情な女だ。それなのに、立ち上がり、倒した。ぞんざいに扱っても、気に留めないでいる。

 そして、画面隅に移動し、壁沿いに座る。三角座りをする。


 それは、日の光の下だった。


「………光合成?」

「ビンゴ。さすが目の付け所がシャープです」


 別日を確認する。同じ瞬間。同じ動作で、桐子はアトリエの壁の隅、日光の射し込む場所に座り天を仰いでいた。決まって、同じ13時きっかりに。


「…花餌は、光合成するのか」

「いや? しませんよ。通常見られる主な症状は皮下出血だけだ。だから恐らく」