「あの」
「あー、申し遅れました自分こういうものでして」
桐子を食い入るように眺めたまま此方に見向きもせずにぴ、と後ろ手で突き出して来たそれを受け取る。名刺だった。【人間科学研究所-浪川来夏】。眉を顰め、いかにも胡散臭そうな肩書きが思わず口を衝いて出る。
「…にんげん」
「あっそれ名前ばちくそカッコよくないすか!? 先代の祖父が付けてくださったそうで兄と妹は親が名付けたんですが自分だけすこぶるカッコ良い名前でしても〜〜〜高まる一方です 日本のお爺に大感謝」
「…俺の牽制、あなた聞いてましたよね。神経図太くないですか」
「我々研究員がいなければ花餌の実態に迫ることも出来ません。
誹謗中傷アンチ、むしろウェルカムです」
改めて名刺を見る。無機質で飾り気のない、恐らくまだ自分とそう歳の変わらない人間が【花餌】に携わっている。どこから嗅ぎつけたのか、恐らくその元手は桐子が薄着で外に出ただなんてこっちの不手際なのだろうが。
思いがけない〝研究員〟との接触に顔を上げたところで、浪河が得意気に口の端を持ち上げる。
「心身離開の技術ですよ。右から左に受け流す。自己防衛の一種です。全部真に受けてたらこの仕事は務まらない」
「…」
「専門家は強いす。最も、使うか否かは花江さん。貴方次第ですが」
ぴ、と白衣の皺を伸ばして勝ち気に微笑む浪河を見て、差し出されたその手を見る。
死に逝く人間を囃し立てるように群がる研究員や記者は嫌いだが
この浪川来夏だけは一理あると思った
「お———。初見の皮下出血が見られてから食事水分管理入浴方式それから気温変動に関するデータまで! 素人として置いておくには勿体無いほどよく記録されてますね花江さん!! 確か電子工学科専攻でしたっけ、さすが理系。教授も大喜びだ、院卒業後にうちのラボに就職してくれる予定は!」
「ないです」
「ちぇ。ま、気が向いたら是非に。内定に困ったら此方いつでも大歓迎」
つか花江って名前羨ますぎて嫉妬しちゃうんで下の名前呼びでいいです? とか言いながら桐子の心拍や体温などを自身のボードに明記し、早口で捲し立てる浪河の距離の詰め方に目を細めていると、剣菱が隣につく。
「…またなんかキャラ濃いの来たな」
「知らなかったのか? 俺は変人を呼び寄せる才能があるんだ」
お前もその内の一人、と目線で伝えると肩を竦められる。一通りの診断を終えたのか、浪河は捲っていた桐子の裾を直すと続いて白衣の胸ポケットからペンライトを取り出した。真剣な表情で桐子の瞳孔を確認しながら頸動脈に触れる。
「桐子さんいつからこんな症状出てます」
「記録した通りだよ。瞑想しだす様になったのはここ最近」
「瞑想て。これ気絶してんすよ」



