「痣、見せて」
華奢な細腕を掴んで、そのカッターシャツをたくし上げる。シャツが大きいのか、はたまた桐子が細いのか。白いシャツにうっすら浮かんでいた黒い花は、生身で見ると呪いの様に桐子に刻み込まれていた。
この感じだと腹も同じだろう。第一発生源の肋骨の進行も確認する為に自然にシャツのボタンに手を掛けたら、ニヤニヤと笑われる。
「…何で笑う」
「いやぁ、感動してるんだ、青磁と私でこんなエロティックな雰囲気が実現するとは、と思って」
「そういうムードをいつもお前の掴めない態度が壊してんだよ」
「もっとこう、派手にしてくれていいよ。ボタンばーんて外して」
「ほらやる気失せた」
「おいおいおい」
なんだそれ、と追いかけてくる呑気な声のせいで更にその気が削げた。こんな人をその気にさせない女がいるのか。そもそも桐子を〝女〟という生命体に位置づけるのがなんだか違う気がする。もう桐子科桐子とかで広辞苑に登録してほしいくらい攻略が難しい。
「心配せずとも腹部と肋骨もこの腕となんら変わらないよ。肋骨は確かに少し濃くなったかな、ただある特定の限度を越えるとその程度で留まるらしい、ステージⅡに乞うご期待」
「俺のなけなしの人間性にも蓋をしてくれてどうもありがとう」
「…なんだ? 青磁お前私とセックスがしたいのか?」
「その気になりかけた。けどやめた」
「きもちわる〜い! 処女で逝きたいから却下」
「奇遇だな 俺も桐子には勃たねーわ」
「所詮は童貞の戯言」
「いや経験ありますけど」
「おっ。あるの、初耳だな」
「じゃなきゃ俺の陰茎はレプリカだ」
風俗でだった。ただ経験のために一度行っただけで、女は無闇矢鱈と喘ぐばかりだし、これの何がいいのか、とそれ以降一度も行ってない。自分では言わないが、こんなのは素人童貞だ。
「青磁、セックスなんて虫の交尾くらいにしか思っていなさそうだ」
「お前もそうだろ」
「まあね。私の芸術に穢れは不要だ、純朴でなくては」
桐子を見る。腰に手を添え、髪を後ろに流して、床に座った俺をやはり目線だけで捉えた彼女の笑みには、その時も含みを持たせた何かがあった。
「直にわかるよ」
その日を境に、剣菱が臨時要員としてアトリエに追加で出入りするようになった。
とは言っても元々自分の芸術に没頭するために外界を遮断した場所があのアトリエであって、俺ですら呼び出されでもしない限り頻繁に立ち寄らないだけに、剣菱がその例外に当てはまることはまずない。
「部外者の出入りほど聖域を踏み荒らされる屈辱はない」とは、集中を乱されて鬼気迫る表情で俺の胸倉を掴んだある日の桐子の言葉だ。彼女にとって他の追随を許さないこと。自分が存在し、呼吸をするより重きを置いていること。
それは独創性を形にする事であって、これを絶たれたら実質「死」に値する。恐らく彼女にとっては、生きたままこれを取り上げられた方がよっぽど死に匹敵するのだ。



