「今にもふらっと消えちまいそうだ。
春はいつもそうだよ。生命力、っつーの。目に見えたその火がさ、恐ろしいほど頼りなくなんの。今までこの季節を迎えるたび、こんなに不穏に思ったことはない。オレが春を嫌いになったら、それはもう、青磁のせいだね」
「圧倒されてるのかもな。俺は間違いなく春が嫌いだけど、お前が俺の嫌いなもの一緒に嫌いになる必要ないだろ」
「青磁のことは、オレが見張っとかないと」
「なんだそれ」
「そんなに信用ならないか」
強い語尾だった。街灯が二人の影をコンクリートに映し出し、見上げた空は曇りだ。月明かりのない、酷く朧げな輪郭の。
「…桐子ちゃんのことだって、わかった時点でなんで言わなかった。バレなきゃずっと黙ってるつもりだったのか。こんなのはあんまりだ」
「お前に言ったところで何にもならない」
「…青磁お前、小野寺のこと」
「俺が可哀想か? 剣菱」
眼鏡の奥の瞳が揺れた。敢えて街灯の先に立って暗がりから相手を見据えると、光の下の友人の曇りがよく見えた。僅かに微笑った俺に眉間を寄せるその顔も。
「嬉しいよ。桐子のお陰で俺は人生で二度も悲劇のヒーローになれるんだ」
「…青磁、今のは、よくない」
「…」
「死んだ二人に謝れ」
はっとしたように息を呑んだ。それは剣菱の方で、赤い瞳と向き合う目の奥が熱くなるのを、自分でも感じていた。
「桐子はまだ生きてる」
「……ごめん」
「逆上すると思ったか。しねーよ、時間と労力の無駄だ」
いずれ死ぬ。それが速いか遅いかだけ。桐子自身がそう言った。俺もそう思ってる。生きとし生けるもの、この世の全て。壊れて、崩れて、跡形も無くなって過去になる。
「全部が辿る道だ」
「…」
「ただ花餌に関しては…人間開花するのなら、これはある種の〝再生〟かもな」
「長い引導だこって」
その日はもう自宅のアパートに帰るのが面倒で、アトリエに泊まることにした。正直この家には人間が生活らしい生活を送る物が何もない。キッチンはあるが飾りだけで、モデルハウスと言うと近しい。
だからここ最近、桐子が花餌になってからネットで寝袋を注文した。キャンプで使うようなあれだ。アトリエに荷物を置きたくない桐子に何だこれは、と憤慨されたが無視をした。
アトリエにだって別部屋がある。二階のベッドルームや使っていない部屋はいずれ棲み着く俺の居場所になるだろう。今は倉庫だけど。
何をしていたのか、別部屋からメインルームに戻ってきた桐子を通りすがり様捕まえた。



