「若年性、と言うのがあるだろ。母体が若いほど進行が速いなんて説はないか? 日本の三大死因を誇る悪性新生物然り」
「癌の場合若いから進行が速いんじゃなくて、高齢者に発症がみられる高分化腺癌に比べて若年層に多く見られる低分化腺癌の進行速度が速いってだけだ。組織の各部位に散見される上に発見がしにくい。勿論細胞分裂が活発な若年層は進行が速いって説もあるけど、その根本は若い世代がそもそも進行の速い癌を発症しやすいってだけ」
「よく勉強してるね青磁。あっぱれ」
愛の為せる業だ、とか呑気に拍手している罹患者が、誰よりも事の重大さを理解していないなんておかしな話だ。恐らく明日死ぬ身になっても、桐子は出来うる限り飄々とした様子で最期を受け入れるのだろう。
「…青磁が前に言ってた笑えない事態ってこれのことか」
「ああ。こういうわけで、呑気にお前の誘いに乗ってる場合じゃない。こいつがこんなだから知れ渡るのも時間の問題かもしれないけど、出来れば今はまだそっとしておいてくれないか」
「オレも協力するよ」
「何?」
「つまりは、ここでやりたいこと果たしたい桐子ちゃんの為に青磁がひとりで背負ってるんだろ。いや、二人でか。同じ学部だから青磁とほとんどコマは同じだけど、何かあった時駆けつけられる要員が多いに越したことはない」
「どうする青磁。恋のライバル出現だ」
楽しくなって来たな、と立膝を付いて不敵な艶笑《えみ》を浮かべる桐子の腕、捲ったカッターシャツの裾にはまだ咲いたばかりと思しき花のような痣が見えた。
目を逸らし、親指の節で眉間を掻く。その間誰も、一言も喋らなかった。
「…今日のところは帰ってくれ」
「…青磁」
「駅まで送る。桐子は開けてる窓全部閉めろ。部屋が明るくて白いから羽虫が電灯に集るんだ」
「はいはい。しおらしく待ってるよ」
春が嫌いだ。
全てが始まって、終わる。こんなにも情緒を乱される季節はない。四季の全てが人間に情動を齎すものとして、夏や秋、冬とは違う生ぬるさに生をあてがわれている心地になる。
「お前さ、危ういんだよ」
その日が肌寒い春の夜で良かった。なんてったってまだ、3月初旬だ。冬が終わり、ただ立っているだけで苦労する季節が来る。反吐が出るような未来を思って吐いた息が可視化出来た時、冬の名残を感じて恋しさまで芽生えた。



