そして今日まで傍にいる。
「すぇーえーずぃー」
くんっ。
歩き様、突如首に回ってきた声の主が誰かをもう知っている。知っているから、敢えて研究資料に目を通したまま振り向かないでいたら俺の視界を遮るようにぶぶん、と目の前で手を振られた。
「聞けよ青磁一大事だ」
「お前の一大事はあてにならない」
「合コンの面子にまさかの病欠出ちゃってさ〜!! 今日オレがど本命にしてた茶梅女子大だから失敗出来ないんだよ〜どうしよ〜手頃な男いないかなーどうしよっかなーからの困った時の花江青磁」
「知らん」
「青磁お前最近付き合い悪ぃぞ! 欠員補填程度ならって彼女出来てからでも全然加担してくれてたじゃん! 何をしても靡かない東海林桐子の心を射止める為ってウッ健気… まっ、当の本人には芸術大なりで相手にされてなかったっぽいけどなー。
いや茶梅女子の一人が花江くん来ないんですか? って若干お前にお熱なんだよ、ほらお前喋ると残念だけど黙ってりゃそこそこじゃん、口元のほくろがセクシーで堪らんて」
「ほくろで女射抜けるんだったら油性ペンで補正しろ。いただろそんな噂のある歌手に香椎だか椎名だか」
「林檎ちゃんのほくろは天然じゃい!!」
お前世界の色々敵に回したからな、と人を指差して一方的にマシンガントークを繰り広げる剣菱と俺とじゃ言葉のドッジボールになる。露骨に憤慨して地団駄を踏む向かいの茶髪眼鏡を睨んだら、怯んだのか一瞬その手を引っ込めた。
「……青磁、お前またなんか一人で勝手に抱え込んでんだろ。話せよ、オレとお前の仲だろうが」
「別に何もない。研究課題の提出が近いから集中したいだけだ、通してくれ」
「本当か? だってお前」
「あ、いたいた。青磁〜、見てくれ花餌の痣が腕と腹にまで侵食した! 持って生まれた私の芸術的美肌が黒ず…」
痣を主張しながら廊下を歩いてきた桐子の周囲に、俺と剣菱しかいなかったのが不幸中の幸いだ。はた、と目を止めて「あ、やべ」と苦笑いする桐子を見てから真っ青な顔で剣菱が俺を見て、俺は片手で顔を覆って深い溜め息をついた。
「………………全員アトリエ集合」
「何飲む? 水と、水と、それから水があるけど」
「嫌がらせ? 選ばす気ないよね」
「硬水と軟水の違いだ」
味の違いがわからない男はモテないぞ、と数種類の水のボトルを真顔で掲げる桐子に剣菱が「じゃあ軟水で…」と遠慮がちに応えると、キッチンの方で「はいよー」と軽快な声がする。
アトリエに簡易的に設置した卓上テーブルの上でノートPCを開く。推定何日目、の記録に追加症状を記載しようとしたら、しばらくキッチンを眺めていた剣菱においっ、と横から腕を叩かれた。



