森さんが大きな目をパチクリとさせて首をかしげた。
「神谷さんと、藤城君って本当に幼なじみってだけなの?」
 森さんの後ろで後の二人がちょっと怖い顔でこっちを見ている。私の胸がどきんと嫌な音を立てた。
「あの…」
「そうだよ、もう何回も言ってるじゃん」
 私の代わりにさっちゃんが、ちょっと強い口調で言い返す。自分だって悠馬のことを王子なんていってからかうくせに。
 でもすごく助かるっていうのが本音だった。森さんにこんな風に強く言える子って学年ではほとんどいないんだ。
 森さんは、もう一度首をかしげた。
「ただの幼なじみにわざわざ傘を持ってきてくれる?彼だって忙しいのに」
 私は慌てて口を開いた。
「わ、私が傘を家に忘れてたから、弟に頼まれたみたい。お、弟は嫌がって私の教室に来ないから…それで代わりに悠馬が」
 私はとっさに嘘をついてしまう。でもそうでもしなければ、森さんの追及からは逃れられそうになかった。
 森さんは、悠馬が入学してきた時に高校生の彼氏とは別れたらしい。そして悠馬をねらってるって噂だ。
 悠馬が私のところへちょくちょく来るのをよく思っていないようだった。
 森さんは私の言い訳に「ふうん」と鼻を鳴らしてから、頭のてっぺから足の先まで私を観察するように見た。
 真っ黒な髪を黒いゴムで二つ結びにして、リップもしていない顔には眼鏡。それからきちんと規定どおりに着ている制服のスカートは膝より下だ。
 どこからどう見ても地味な私が、王子様と呼ばれるくらいカッコいい悠馬と何かあるはずがないと思ったのか、森さんはようやく納得したようだった。
 小さくうなずくと、「信じてあげる」と言った。
「何よそれ」
 さっちゃんが呟いて、言い返しそうになるのを私は袖を引っ張って止めた。
 言い争いはしたくない。
 それに本当に悠馬と私はただの幼なじみなんだから。
「じゃ、じゃあ、私たち帰るから。ちょっと急いでるんだ」
 私はそれだけ言うと、まだ何か言いたげなさっちゃんを引っ張って、そそくさと教室を後にした。