学校から家までの道のりを私は全力で走っている。じりじりと太陽が照りつけて汗で制服が体に張り付いていた。
 『バレリーナに日焼けは禁物よ』って先生にいつも言われている。でも今だけは日傘をさす余裕も、日焼け止めクリームも塗る余裕もなかった。
 本当は今日は、学校からそのままスタジオへ行く日だった。レッスンが始まるのは夜だけど、それまでは空きスタジオでストレッチやバーレッスンをして過ごすんだ。
 でも川口君の話を聞いて、私はいてもたってもいられなくなった。
 今なら健二が家にいる。
 話をしてすぐに戻ればレッスンにも間に合うはずだ。
 私は素手で汗をぬぐいながら、家を目指した。
 川口君は悠馬は私のことが好きなんだって言った。
 そんなのありえないって、私の中の私が言う。信じたら後で痛い目をみるよって。
 だってどうしてもつじつまが合わない。
 私のことを好きなら、どうして悠馬は別れようなんて言ったの?
 つきあっている間に、好きだって言ってくれなかったの?
 …でも考えてみれば恋なんて、つじつまが合わないことばかりなのかも。
 私だって、弟だなんて言いながらドキドキしたり恥ずかしくなったり。しかもそれを本人には言えずに、やっぱり弟みたいだったなんて言ったりしたんだ。
 そうだ悠馬から見れば、私の方も意味不明だったのかもしれない。
 きっとそういうささいな誤解が、大きなすれ違いを生むんだ。
 よくやく家にたどり着いた私はかばんを玄関に放り出したまま二階へ駆け上がる。そしてノックもせずに、健二の部屋のドアを開けた。
「健二!!」
「おぁ!?な、なに!?姉ちゃん」
 ベッドの上に寝そべって漫画を読んでいた健二は、いきなり現れた私に目を白黒させている。
 私はずかずかと部屋へ入った。
 そして全力疾走をした後でまだ整わない息のまま、健二に問いかけた。
「ねぇ、健二。健二は悠馬の好きな人知ってるんだよね?」
 健二は漫画をもったまま、ぽかんと口を開けて私を見上げている。私はじれったくなって、もう一度たたみかけるように健二を急かした。
「ねぇ、それって、私も健二もすごくよく知ってる人なの?」