「悠馬君、他校の彼女と別れたらしいよ」
 森さんの囁き声が聞こて、私は課題をしていた手を止めて顔を上げた。
 梅雨が明けてすぐの空はもう真夏のようにきびしい太陽が照っている。グランドでは悠馬のクラスが体育でサッカーをしていた。
 私のクラスは自習で、みんな思い思いに席を移動して、課題をやったりおしゃべりをしたり。森さんたちは相変わらず、窓際の席を陣取って、悠馬のクラスを眺めていた。
「別れたの!?早くない?」
 そう言いながら森さんたちは、私の方をチラチラと見た。
 隣に座っているさっちゃんが、「嫌味だね~」と私に囁いた。
 ゴミ捨て場の事件以来、私と森さんはもう話をすることはなかった。
 私は本当はちょっとだけ、あれをきっかけにいじめが始まるんじゃないかって心配していたけど、そうはならなかった。
 あの時の私たちの様子を窓の上から見ていた子たちがいて、森さんたちが私を囲んで、突き飛ばしたことを先生に言ったからだ。
 森さんたちは先生にきつく叱られたみたいで、もう私には関わってこなくなった。
 でも時々こんな風に当て付けるみたいに、大きな声で悠馬の噂話をする。
「なんか、もともと別に好きじゃなかったって話だよ。ちょっと事情があってつきあってただけだって」
 女の子たちの言葉に私の胸がずきんと鳴った。
 悠馬とは別れた日以来、話をしていなかった。
 元の通り幼なじみに戻ろうって話したけど、レッスン後に会わなくなって、時々来ていたお迎えもなくなった今、悲しいくらいに話す機会がない。
 でもそのことに私は少しホッとしている。
 正直言って今の気持ちのまま、どんなふうに悠馬と接したらいいかまったくわからないから。
 廊下ですれ違っても気がつかないフリをしたり、ちょっとだけ微笑んだりするだけだった。もしかしたら悠馬も私と同じように思ってるのかもしれない。
 とにかくそんな感じだから、今の私は悠馬の最近のことを何も知らない。
 ただ森さんたちの不確かな噂話を聞くだけだった。
「なんの事情があったらつきあえるのよ~。うらやましすぎる~」
 一人の子が、悔しそうに言う。
「えー、でも好きじゃないのに、むなしくない?」
 もう一人の子が答えた。
 大正解、と私は思う。
 好き同士でもないカレカノは、つらいことも多いと思う。とくに、どちらか一方だけに気持ちがある場合はなおさら。