今日のレッスンの帰り際、先生に言われた言葉が私の頭に浮かんだ。
 私は悠馬が好き。
 オデットが王子様に恋したように。
 本当はニセモノでもなんでも彼氏でいてくれるなら、その方がいい。悠馬のそばにいられるのなら。
 …でも悠馬に好きな人がいるのなら、もう終わりにしなきゃ。悠馬の優しさを、自分の気持ちのために利用しちゃいけない。
 本当に悠馬を大切に思うなら…。
 ちょっと前に自分で森さんに言った"好きな人の幸せを願えない?"という言葉を思い出しながら私は口を開いた。
「悠馬、本当にありがとう。私…悠馬とつきあって、恋愛している気分になれたからオデット姫の気持ちになれたんだ。…それなのに、この前は嫌な言い方しちゃってごめんね。悠馬は何も悪くないのに」
 悠馬は私をじっと見て首を横に振った。
「俺こそ、言いすぎたよ。それに、学校では秘密にしたいってるりは初めから言ってたんだから、やっぱりうかつなことを言うんじゃなかった。この前、あの先輩に俺のことは詮索するなって言ってくれたんだろう?サッカー部の先輩から聞いたよ。それを聞いて、俺…るりは俺のことを心配して言ってたんだってわかったよ。それなのに…あんな風に怒ったりして、俺の方こそ…ごめん」
 無事仲なおりできたことに安心して、私はホッと息を吐いた。それから膝の上に置いた手をもじもじとさせた。
「あのね、悠馬…もしよかったらこれからも私の話し時々は聞いてくれる?なんでかはわからないんだけど、バレエのこと話せるのは悠馬だけみたいなんだ。…と、時々でいいんだけど。また…悩んだ時なんかに…」
 上目遣いに悠馬を見ると、悠馬が一瞬止まってから吹き出した。そしてそのまま笑い出した。
「なに改まってんの。もちろんだよ、いくらでもどうぞ」
 その笑顔に私は胸を突かれたような気持ちになる。でもダメダメ流されちゃと自分に言い聞かせた。
「それからね、これから夏にかけてもっともっと練習が増えて、たぶんほとんどお休みがなくなると思う。だから…」
 私はそこで言葉を切って、小さく深呼吸をした。
「だからその前にあの映画やっぱり一緒に見に行かない?もしよかったらだけど…」
 自分からデートに誘うなんて初めてで恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうだ。でも最後にもう一度だけと心の中で願いながら私は勇気をふりしぼった。
 悠馬が「あぁ」と思い出したように言ってからうなずいた。
「もちろんいいよ。俺はたしか…次の日曜が空いてるけど、るりは?」
「私も、日曜なら大丈夫」
 私はホッと息を吐いた。
 そして心の中で悠馬に謝った。
 いつまでも私につきあわせてごめんって。でも私はどうしても最後にもう一度だけ、ちゃんとデートがしたいんだ。
 ニセモノの恋心なんかじゃなくて、ちゃんと自分の本当の気持ちでドキドキしながら。
 そしたらちゃんと、悠馬に言おう。
 もう私は大丈夫だよって。
 それでちゃんと、終わりにしよう。