パチパチとスタジオに先生が手を叩く音が響く。
「るり、ずいぶんよくなってきたじゃない」
 私は驚いて顔を上げた。コンクールや発表会の後ならともかく、練習中に先生がこうやってほめてくれることなんてめったにない。
「あなたの弱点だった表情が、やわらかくなってるわよ。もちろん、細かい動きはまだまだなおしていかなくちゃいけないけど、いいものができそうね。がんばりましょう」
 私は汗を拭きながら「はい」と答えるのが精一杯だ。泣いてしまいそうだった。
 やればやるだけ高みにいける。あの感覚がまた胸に戻ってきた。
 タオルをぎゅっとにぎり締めたままの私の頭を先生が、優しくぽんぽんと叩く。
「るり、あなたは誰よりも練習熱心だわ。それは先生よくわかってる。でもその分思いつめすぎるところがあるの。たしかにストイックにやるのはバレエには欠かせないけど時には他に目を向けることも必要よ」
 私は先生の、その言葉に耳を傾けた。
「あなたのお母さんは小さい頃から、あなたがバレエの悩みを家族にはしないっておっしゃっていたわ。それが心配だって。先生、すぐにグチを言ったりしないるりは、正しいと思う。でも、先生もあなたが一人で考えすぎてるんじゃないかなって心配してた」
 私は目を見開いた。
 知らなかった、先生とお母さんがそんなふうに心配してくれていたなんて。
「これはあくまで先生の予想なんだけど、誰か相談できる相手が見つかったんじゃないかしら」
 私の頭に悠馬の顔が浮かんだ。
 そして先生は私に意外なことを言った。
「ねぇ、るり。ちょっと厳しいスケジュールになるけど、発表会でパドドゥをしてみない?」
 パドドゥは、男女がペアになって踊るプログラムのことだ。大抵のバレエ教室には男の子は少ないけど、男の子がいると舞台はぐっと見ごたえがあるものに変わる。うちのスタジオの発表会では最後はパドドゥで終わるのが恒例になっている。
 でも中学生の男の子は一人きりだから、パドドゥができるのは限られた女の子だけ。
 大抵は、私のひとつ歳上の美香ちゃんって子がやることが多かった。だから今年も美香ちゃんだと思っていたけど…。
「美香が今年は、受験だからパドドゥをやるほどの練習時間は取れないって言ってるのよ。先生、なら今年はパドドゥなしでもいいかなって思ってたんだけど、今のるりを見ていたらいけるかもって思ったわ。やってみる?」
「やります!!」
 私は飛び上がって言った。
 パドドゥをやれるなんて夢みたい!
「その代わり、相当きつい練習になるわよ」
 先生に脅かされるように言われても決意はゆらがなかった。練習が厳しいのなんて全然平気。つらくても泣いても、舞台に立てるなら。
 私は高鳴る胸をふくらませて、先生を真っ直ぐに見た。
「大丈夫です!!」