「るり?レッスンうまくいかなかったの?」
 悠馬が言う。
 私は唇をかんで少し考えてから口を開いた。
「今日ね、悠馬の噂を聞いたんだ」
「…俺の?」
「そう。朝からうちのクラス、大騒ぎだったんだよ。森さんが、悠馬に告白したって…」
 悠馬は私の言葉に目を開いて、少し驚いたみたいだった。
「あの先輩、るりと同じクラスだったんだ」
 私はうなずいて悠馬をじっと見た。
「ねぇ悠馬、どうしてつきあってる人がいるなんて言っちゃったの?森さんすごく怒ってた。彼女がいるなんて聞いてないって。私後から誰だか知らないかって問いつめられて、大変だったんだから」
 私は悠馬を少し責めるみたいに言ってしまう。本当は、森さんたちに問いつめられたことくらいなんともなかった。
 そうじゃなくて、好きな人がいるのにニセでも彼女がいるなんていうことを言ってしまった悠馬にいらだちを覚えていたんだ。
 悠馬がふてくされたようにそっぽを向いた。
「べつに、俺が誰に何を言おうと勝手だろ?」
「でも学校では内緒にするって言ったじゃん!」
 初めは、私の希望だった。でも悠馬に好きな人がいるって知ってからは、悠馬のためにも隠し通さなきゃって思ってたのに。
「だから、誰とつきあってるかは言ってないだろ!」
 悠馬が強い口調で言い返してきた。
 小さい頃はたくさんケンカもしたけど、ここ最近では本当に久しぶりのことだ。
「でも…」
 でも、悠馬の好きな人に知られたらどうするの?
 森さんはたとえ他校でも相手が誰か必ずつきとめてやるって息巻いていた。
 彼女たちが他校に聞いてまわったら、バレちゃうかもしれないのに!
 でも私はその思いを口にすることはできなかった。
 …臆病で、卑怯な私。
 悠馬の口からはっきりと、好きな人の話を聞くのが怖いんだ。
 私はうつむいて、全然別のことを言った。
「も、もし私が、悠馬の彼女だってわかったから、森さん大激怒だよ」
 ちょっと前の私なら、これは大問題だったに違いない。でも今はそれほど彼女が恐くもなくなっていた。
 私にはさっちゃんという味方がいる。
 でも他にいいようがなくて私が口にした言葉が悠馬をさらにヒートアップさせたみたいだった。
「そうだな、るりは俺とつきあってることを誰にも知られたくないんだもんな!」
「そうじゃなくて…!」
 悠馬が困るんでしょ?
 …でも私はやっぱりそれを言えなかった。
「そうだろ!でも相手が誰かなんて、どうせみんなすぐに興味なくなるよ!それなのに、るりが心配しすぎてるだけだ」
「そんなことないよ!」
 森さん達が簡単にあきらめるようには思えなかった。
 明日もきっと学校に行ったら、弟に聞いてきたかって言われるに決まってる。それを嫌だとかは思わないけど、そうやって大騒ぎしてたら、噂は広まっていくだろう。