「まだ初恋体験の"は"の字もできてないのに逃げ出す気?るりって、意外と根性がないんだね」
「な…!」
 私は絶句して悠馬を見た。
 悠馬のためを思って言ったことなのに、なにもそこまで言わなくても。
「あーあ、せっかく恋心を知るチャンスだったのに。バレエはできても恋愛の生徒としてはまるで失格だな。留年だ」
「そ、そんなことないもん!」
 思わず私は声をあげる。
 悠馬はやれやれと首をふった。
「そんなことあるよ、まだ途中なのに投げ出すんだから」
「な、投げ出さないよ!」
 私は思わず大きな声を出す。
 できないことを途中で投げ出すなんて私が一番大嫌いなことだ。
 悠馬は眉を上げて、試すように私を見た。
「本当に?」
「本当に」
「ならよかった」
 そう言って悠馬は立ち上がった。そしてくるりと私の方を向いてにっこりと笑った。
「じゃあ、るり。今までの成果をみせて」
 は?…成果?
 私の頭の中をはてなマークが飛びかう。悠馬がなにを言ってるのか全然わからなかった。
「学校では俺を見ててって言っただろ?もしかして忘れてた?」
「わ、忘れてなんかないよ!」
 忘れてたどころか、気になって仕方がなかったくらいなのに。
 悠馬がよろしいというようにうなずいた。
「それで?どうだった?」
「…は?」
 私の口からまぬけな声がもれた。
 どうだったと言われても…。
 悠馬がまた長いため息をついた。
「だから、どう思った?って聞いてるんだよ。…まったくるりは予想以上に手強いな」
 あきれたように言う悠馬にまた言い返そうとして私は口を開きかける。でもじろりと悠馬ににらまれて口を閉じた。
 考えてみれば、悠馬はオデット姫の気持ちをおしえてくれようとしているのだ。あとどのくらいで踊れるようになるかはわからないけど、踊りたいと思えるようになるくらいまできたんだから、できることはやらなくちゃ。
 オデット姫のバリエーションは、王子様との出会いを表現している。湖の辺りで二人が恋に落ちる場面だ。
 つまりは恋の始まり。
 私が悠馬にトキメキを覚えたら、バッチリそれがオデット姫の気持ちってことになる。
 私は、ここ数日の悠馬を思い出した。
 一日目は意識して、悠馬を探すようにしていた。二日目は自然と目に入るようになってきた。そして、三日目からは…なんだか、目が離せなくなってしまっている。
 悠馬のクラスが体育だとそわそわとして落ち着かない気持ちになる。移動教室のときもつい周りを見回してしまうほどだった。
 あげくのはてに、森さんたちが教室で悠馬の話をするのもさりげなく聞き耳を立てている。
 私、いったいどうしちゃったんだろう。
 そんなことを思ったらなんだか悠馬の顔を見れなくて、私は彼から目をそらす。
「るり?」
 悠馬がしゃがんでのぞきこむように私を見る。
 長いまつ毛の奥のきれいな瞳が私を見ていると思うだけで頬がやけるように熱くなった。
 悠馬が、「よし!」と言ってニヤリと笑った。
 何がよしなんだろう…。
「ちゃんとドキドキしたみたいだ」
「なっ…!」
 私はますます真っ赤になった。
 自意識過剰なんじゃない?といつもの私なら言い返すところだけど、今は無理だった。
 たしかに悠馬の言うとおり、ここ数日私は彼にドキドキしてたんだ。
 それをはっきりと言われてしまい一言も言い返せない。
 でも弟みたいな存在だった悠馬にドキドキするなんて、本当に私いったいどうしちゃったんだろう?
 悠馬はうんうんとうなずいて、さらに私を混乱させるようなことを言った。
「とりあえず、第一関門突破だな。よし、このまま次に進むぞ」
 え? す、進む?
 ちょっ、ちょっと待って!
 混乱して声が出ない口をパクパクとさせて私は心の中で叫ぶけれど、当然悠馬には届かなかった。
 彼はうれしそうに立ち上がってから、堂々と宣言した。
「今度はデートだ」