バレエがうまくいきかけているのは、たぶんこうやって悠馬に話を聞いてもらうことで、気が楽になったからだと思う。でもなんだか照れくさくて私はそれを言えなかった。
「よかった」
 悠馬が安心したように笑った。
「心配だったんだ。小さい頃からバレエ命だったるりがあんな風に落ち込むなんて。よっぽどのことだろうって思ってさ。俺も去年は本当にキツかったから」
「悠馬…」
 その瞬間、私は悠馬がなぜ私につきあおうなんて言ったのか、その理由がわかったような気がした。
 悠馬はきっと、自分も同じようにつらかった時期があったから、私に同情してくれたんだ。そしてそこから抜け出すきっかけを作ろうとしてくれたに違いない。
 私の胸が感謝の気持ちでいっぱいになった。
「悠馬の言う通りだったよ」
「何が?」
「話してみると楽になるかもしれないっていうの。本当にその通りだった。まだ本調子じゃないけど、前よりは苦しくない。ありがとう悠馬」
 私は素直な気持ちを口にする。弟みたいな相手に、ちょっとどころかだいぶ照れくさいけどでも言わなきゃって思った。
 好きな人以外とはつきあわないって考えを曲げてまで、私を励まそうとしてくれたんだから。
 私のお礼の言葉に、悠馬も私と同じように照れたみたいだった。人差し指で鼻をぽりぽりとかいて私から視線をそらしている。
「べつに、話を聞くくらいたいしたことじゃないよ」
「でもつきあうなんてことまでしてくれたじゃない。私がスランプから抜け出すきっかけを作ってくれたんでしょ?初めはなんだかへんてこりんなこと言うなーって思ったけど、たしかにそのおかげでしばらくはなんか混乱してバレエのこと、あまり考えなかったよ。煮詰まっちゃってるときは別のことに目を向ける方がいいっておしえてくれたんだよね」
 悠馬は、一瞬だけおどろいたように私を見てから、「まあな」と言った。
 本当に幼なじみってありがたい。
 でもそれならなおさら、このままではいけないと私は思った。
 だって悠馬には好きな人がいるんだよ?
 私のスランプのために、大事な幼なじみの恋を犠牲にするわけにはいかない。本当は少し、悠馬とすごすレッスン後のこの時間がなくなるのは寂しいなと思うけど、でもそれはただの私のわがままだ。
「本当にありがとう。おかげでなんとかなりそうだよ。だから、もうつきあうのはお終いに…」
「待て待て待て」
 慌てたように悠馬が私の言葉をさえぎる。私は目をパチクリとさせた。
「待てよ、るり。どうしてそうなる?」
「どうしてって…。私がスランプなのを見かねて提案してくれたんでしょ?まだ完全にぬけだせてないけど、なんとかなりそうだもん。もうつきあう意味がなくない?」
「意味なくないよ、初めの話を忘れたのか?るりはオデット姫の気持ちを知りたかったんだろ」
 たしかにそうだった。
 でもそれはたてまえだったんじゃないの?
 私が首を傾げると、悠馬ははぁとため息をついた。
 まるでこの前の健二みたい。
「るりさぁ、自分だけでオデット姫の気持ちになれる自信ある?今は基礎練だけだけど、踊り始めたらまた同じカベにぶち当たるんじゃないの?」
 言われてみればその通りかも…。でもそのために悠馬の恋を犠牲にするのは申し訳ない気がして私は黙り込んでしまった。
 悠馬がもう一度ため息をついた。