その言葉に私はちょっと悔しい気分になった。もしここで私がこの話を断ったらまるで意気地なしみたいじゃないか。
 それにバレエに本気じゃないっていう言葉も聞き捨てならなかった。
 バレエは私の命と同じくらい大切だ。今はほんの少し…疲れちゃって好きじゃないって思う瞬間もあるけど、また前みたいに楽しく踊ることができるなら…そのためなら、私何だってするんだから!
私は右手でこぶしをぎゅっと握って、余裕の表情の悠馬を真っ直ぐに見た。
「わかった、そんなに言うならやってみる。悠馬とつきあって、オデット姫の気持ちを理解する!」
 言いながら頭の中で、あれ?彼氏と彼女になるときってこんな喧嘩の前みたいな言い方をするんだっけ?って思うけど、でも本当のカレカノじゃないんだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
 それになんだか少し不思議な気分になっていた。
私ってもともとは根っからの負けず嫌いで、どうせやれないだろう?なんて言われるのが大嫌いなんだ。"なんだってやってみなきゃわからない"っていうのが心の中の合言葉。ここ最近封印していたその言葉を久しぶりに思い出した。
 悠馬はそんな私を見て満足そうに笑った。
「じゃあ、決まりだな」
 あいかわらず余裕たっぷりの悠馬に私はちょっといじわるを言ってみたくなる。
「でも、悠馬で大丈夫かなぁ」
 悠馬がぴくりと眉を動かした。
「どういうこと?」
「だって、悠馬は私にとっては弟みたいなもんなんだよ?弟とつきあって、ちゃんと初恋の気分になれるかなぁ」
 悠馬はちょっとむっとして、私をにらんだ。
「少なくとも、るりよりは経験あると思うけど」
 歳下のくせに…と思うけど、でも悠馬は小学生の頃からモテモテだったっていうから実際のところそうなのかもしれない。もしかしたら、誰かとつきあったことだってあるのかも…。なんて思ったらなぜかちょっとだけもやもやとした気分になった。
 保育園の頃は、『るりちゃん大好き』なんて言ってくっついていた弟みたいな存在の彼が、なんだか急に知らない男の子のように思えて。
 そんなわけのわからない感情に気がつかないフリをして私はまた意地を張ってみせる。
「ほ、本当かなぁ、結局全然ドキドキできなくて、他の人に頼めばよかったなんてことになったりして…」
「言ったな!あとで後悔しても知らないから」
「ななななんで私が後悔するのよ」
「俺のこと、本気で好きになっちゃってコンクールが終わっても、離れられなーいって泣いてもしらないぜ?」
「そ、そんなことにならないもん!」
 私は大きな声を出してしまう。
 悠馬が眉を上げて、「どうかな」と言った。「でも、そこまで言うなら俺も本気でいくからな。るりを初恋気分にさせてお姫様の気持ち、嫌というほどわからせてやるよ」
 こんな売り言葉に買い言葉みたいな感じで初恋気分になれるわけないって思うのに、私ももうあとには引けなくなって悠馬をにらんで宣言した。
「望むところよ!」
 …こうやって、まるで決闘をする前みたいな雰囲気の中、私に初めての彼氏ができた。