途端に、悠馬がうれしそうににっこりと笑った。そして「なるほどな」と言って立ち上がる。
「それじゃあ、困るよな。恋するお姫様の気持ちなんてわかるわけない。コンクールに出られない」
 私は頬をふくらませた。これ、絶対にバカにされている。
 やっぱり、悠馬に相談したのが間違いだった。きっと明日にはこの話は健二の知るところとなり私は二人から笑われるんだ。
 でもそう思ったとき、悠馬がまた意外なことを言った。
「手伝ってやるよ」
「…は?」
「だから恋する気持ち、るりにおしえてやる」
 悠馬の言葉に、私の頭の中ははてなマークでいっぱいになった。
 恋する気持ちをおしえる?
 悠馬が、私に?
 今日、恋する気持ちで踊りなさいって先生に言われた時私の頭に浮かんだのは、本を読むことだった。バレエの題材になっている眠れる森の美女や、白鳥の湖の本はたくさん出てるからそれを片っ端から読もうかと。
でもまさか悠馬が、そんな本を持っているとは思えないし。
「どうやって?」とたずねる私。
悠馬がこれまた信じられないことを言った。
「俺とつき合えばいいんだよ。それでるりが俺を好きになれば、白鳥のお姫様の気持ちがわかるだろ?」
「はあ?!」
 間の抜けた大きな声が静かな玄関に響いた。
「ななな何言ってるの?意味がわからない」
 私は思わず立ち上がって、一歩下がった。
「つつつきあうなんて…すす好きでもないのに」
 動揺してうまく話すこともできなくなっている私。
それなのに悠馬は憎らしいくらいに平然としている。
「だからつきあうんだよ。なんていったかな…ほら、擬似体験ってやつだよ。どうせるりのことだから、恋愛の本でも読んで勉強しようなんて思ってだんだろうけど、百聞は一見にしかずって言葉知ってるだろ?なにごとも体験してみるのが一番だって」
悠馬の考え、意味不明すぎる。理解不能、頭がパンクしそう。
 私は首を横に振った。
「は、初恋を擬似体験だなんて、ありえないよ。むりむりむり」
「べつにそんなむずかしく考えなくても、彼氏がいるっていうだけでなんか『私、恋愛してる』って気がするだろ?」
 そんなの彼氏がいたことがない私にはわからない。むしろ初恋がまだなのに彼氏がいるって方が異常なんじゃないかな。
 そんなことを考えて固まってしまった私を見て、悠馬がニヤリと笑った。
「なにるり、もしかして怖気づいちゃった?いくらバレエのためだとはいえ、そこまではしたくないって?…それともそもそもバレエ自体そんなには本気じゃなかったとか?」