蒼「俺、朱生の入学式で泣くかもしんない。」
食後の片付けをしていると、隣で蒼太が口を開く。
『あー...それありえそう。』
濡れたお皿を蒼太に渡しながら、目線を朱生に向けるとソファに座りながら心底嫌そうな顔をしている。
朱「冗談だろ。
そんなことしたら、1週間くらい口きかないから。」
蒼「え!それは困る!
でも、もし学校でなんかあったら言えよ?
せっかく同じ高校なんだしさ。」
蒼太、朱生のこと大好きだもんね。
早くに父親を亡くしている2人は、
女手一つで育ててくれるお母さんを大切にしながら支え合って成長してきた。
蒼太はきっと兄でありながら、
父親代わりでもありたいと思っていたんだと思う。
たった2つと言えど、
自分よりも幼い弟に寂しい思いをして欲しくないと子どもながらに昔から思っていたように感じる。
大人になるのを急いでいるような、そんな感じ。
朱「恥ずかしいだろ?
もう高校生なんだから。
いつまでも、兄ちゃんに守ってもらわないといけないような対象じゃない。」
テレビ画面から目を逸らさないまま朱生は話す。
蒼「...歳とか関係ないでしょ。
俺にとって朱生はずっと大事な弟だよ。」
朱「それは分かるけど...
だからって子ども扱いはしなくていいってこと。」
蒼「子ども扱い...なんかしてないよ。」
『...』
なんとなく、雲行きが怪しい気がして視線を蒼太に移す。
珍しいな、蒼太がこんな風に食い下がるなんて。
朱「...兄ちゃんは無意識だから気づいてないんだって。今だって、子ども扱いしてるとしか思えなかったよ。」
『...朱生』
朱生の言葉に、押し黙る蒼太に代わり呼びかけた。
朱「...なに。」
なんでそんなに怒るのよ。
『蒼太は、朱生のことが大事で心配だから...』
ここまで口にして、失敗したと思った。
朱生の表情は、怒りとは違う...どちらかと言うと絶望を孕んでいた。
朱「...はぁ、あのさ。
俺は、そんなに頼りない?
子どもの頃のまんまなわけ?」
蒼「朱生...」
朱「俺は、2人に守ってもらわないと何も出来ないわけじゃない。自分で選んで、自分で決めれる。
...2人の後を着いていってただけのあの頃とは違うよ。」
朱生の辛そうな表情は、
皮肉にも私たちが幼かった頃を思い出させた。
朱「...それに紫乃は、俺の姉ちゃんじゃないだろ。」
『.....っ』
鈍器で殴られた、なんてよく言うがまさに同等の衝撃だと思った。
私は蒼太の隣で同じ目線で、
朱生を見守っているつもりだった。
朱生も姉のように慕ってくれていると思っていた。
蒼「朱生...!」
朱「...ほんとのことだろ。」
朱生はそう言い残し、リビングを出ていった。
自室に戻ったんだろうと、
ぼんやりした思考の片隅で思った。
