ライラックの恋


―現在―

*side紫乃*

『今日、すっごく風が気持ちいいよ。
少しだけ窓開けておこうか。』

規則正しいリズムで響くモニター音。

朱生が生きている証だ。

以前、気になるだろうから音消しましょうかと看護師さんに聞かれた。

異常時のアラームは消せないが、心拍の音は消音にできるらしい。

消さないで欲しい、と思った。
このリズムを聞いていないと、あまりに朱生が静かに眠っているから怖くなりそうで...。

『今日、もう着替えたでしょ?
髭も綺麗に剃ってあるね。
...腕、少し動かそうね。』

以前、リハビリの先生に面会時は関節がかたまらないように動かしてあげて下さいって教わった。

『ごめん、ちょっと手が冷たいかも。』

朱生の腕を持って、肘や手首をゆっくり動かす。

『朱生、多分昨日夢に出てきたよ?
すっごい名前呼んでた。
紫乃、紫乃ーって。』

人が人を忘れる時、
最初に忘れるのは声だって聞いたことがある。

『起きた時は、観たかった映画終わってて...
次はもう少し早く起こしてね?』

閉じられたままの瞼、白っぽい頬...
右手のリハビリを終え、反対側に移ろうとした所で病室のドアが開いた。


「あ、紫乃ちゃん!
もう来てたのね!」

石川 繭子《まゆこ》さん。
蒼太と朱生のお母さん。

『うん、車スイスイだったから。』

繭「そう。
あ、リハビリしてくれてた?ありがとう。」

『まだ右手が終わったところ。』

繭「先週は、紫乃ちゃん来なかったから淋しかったわよね~?朱生」

窓際のソファに荷物を置きながら、
少し意地悪そうにおばさんは朱生に話しかける。

『ふふ、看護師さんも似たようなこと言ってた。』

繭「でしょー?
全然心配いらないやつだったけど、不整脈出てたらしくて笑っちゃった!」

『えぇ?不整脈って大丈夫なの?』

あっけらかんとし過ぎてるが、なかなかのワードだ。

繭「あー全然大丈夫なやつ!」

『そう...』

笑ってるおばさんを見て、
2人はおばさん似なんだなぁ...なんて改めて思った。