「ふう、なんとか間に合った」
「よかったです」
 ドレスを着替え髪も綺麗に結い直し、お化粧も整えたら〝なんちゃってお姫様〟の完成です。二人で胸を撫で下ろしました。
 しかしゆっくりしている暇はありません。竜王様たちよりも先に席に着いていなくちゃ遅刻なので、慌てず騒がず急ぎましょう。
 しずしずとダイニングに向かいながら考えるのは、もちろんこのあとのマナーについて。ランチの時をよ〜く思い出して、間違えないようにしないと。
「カトラリーは端っこから、姿勢を正して——」 
「マナーも大事ですが、眉間に皺が寄っていては台無しですよ。笑顔笑顔!」
「ハッ!」
 頭の中でシミュレーションしているうちについうっかり険しい顔になっていたようで、シエナに苦笑されてしまいました。マナー守って、お行儀良くして、尚且つ笑顔も絶やさずにって、ミッション多すぎません? せっかくのトープさんのお料理なのに、今回も味わえないの確定ね。

 まだ誰もいないダイニングに入り、席に着きました。私の席はいわゆる末席です。三将様たちは『適当に』席を決めたらしいけど、インディゴ様、スプルース様、バーガンディーさんの順番で座っています。大きな長方形のテーブルのお誕生日席——もとい、上座に竜王様が座って、右側にインディゴ様とバーガンディーさん、そして左側にスプルース様と私が座る感じです。ランチの時にインディゴ様の席、つまり二番目のお席に案内されたんだけど、思いっきり固辞しました。お妃候補か見習いかなんか知らんけど、とにかく私はまだイチ庶民。そんなのが二番目の席になんて座れません。ということで末席に収まることに成功しました。
 なるべく失敗は避けたいので何度も食べ方とかを脳内で反芻していると、インディゴ様たちが先にやってきました。竜王様は後から来るのかしら。
「お、早いな、ライラ。一日中頭使ったりダンスしたりで、腹減ってるのか?」
 そんな軽口を言うのはもちろんバーガンディーさんです。
「ちが……っ。おほほほほほ、そんなことございませんわ」
 やばっ。ついうっかりいつもの調子で『違いますぅ〜』とか言い返しそうになっちゃいました。ここはレディの嗜み、貼り付けた笑顔でお答えせねば。
「ワルツのステップはできるようになったんでしょう? 母上が言ってましたよ」
「まだまだでございます。竜王様の教え方がお上手だったので、上達したように見えたんです」
「そうだね」
 にこーっと、意味深に微笑むインディゴ様。
「インディゴがライラのダンスの相手をすると聞いてからのラファの行動は早かった」
「スプルース様?」
「そうそう。フォーンが持ってきた急ぎの資料を机にうっちゃったまんま、広間に行きましたもんね」
「えっ!?」
 その時を思い出してか、インディゴ様がクスクスと笑っています。急ぎのお仕事を、放り出してって……。あ〜、だから追っかけてきたフォーンさんがすごい顔してたんだ。
「大事な時間を割いてまで、超初心者の私のレッスンにお付き合いいただかなくてもよかったのに」
「おや、私ならよかったってことですか?」
「いえいえっ! 滅相もございません!! インディゴ様も十分にお忙しいのは理解してます!!」
「ははは! 冗談ですよ。ま、ライラはラファの男心を理解してあげてください」
「?」
 オトコゴコロなんて難しいもの理解しろって、また難題を——と苦笑していたら、ダイニングの扉が開いて竜王様が入ってきました。そして三将様たちをジロッと睨んで一言。
「いらぬこと言うな」
 さっきの話、外にも聞こえていたようですね。でも安心してください。私は勝手に竜王様のお心を推測したりしませんよ! 
「それで、仕事は終わらせてきたんですか?」
「もちろんだ」
「さっすがラファ。が、どうせインディゴにも手伝わせたんだろ」
「そんなことするか」
「だから晩餐に遅れてきたんですよね」
「うるさい。さっさと食事を始めるぞ」
 これ以上イジられてはたまるかという空気を発した竜王様のお言葉で、ディナーが始まりました。ま、料理が運ばれてきたからって、三将様と竜王様の楽しい語らい(?)は終わらなかったんですけどね〜。おかげで私は食べることに集中できて、ミスなくミッションクリアできてよかったけど。