「では、インディゴを呼んでまいりますね」
「は〜い」
 立ち居振る舞いの練習の後はダンスレッスンです。先ほど言っていた通り、相手役をインディゴ様にお願いするようです。めちゃくちゃ忙しいだろうに、今日は私のために時間裂きまくりで本当に申し訳ない。しかも次はダンスでしょう? リズム感もなけりゃヌルヌルとキレのない踊りを披露するだけだと思うとさらにいたたまれないわ。あ、でもダンスって、いわゆる社交ダンスか。どっちにしてもやったことないし、迷惑かけるだけなの確定です。
 これから始まる地獄の時間に密かに頭を抱えていると、部屋の外からウィスタリアさんの声が聞こえてきました。

「いえ、本当に大丈夫でございますから——」
「あのっ! 〜〜〜〜!!」

 ここから遠いのか途切れ途切れだけど、珍しくなんかめっちゃ焦った感じです。ウィスタリアさん、誰と喋ってるのかしら。インディゴ様と話してる感じではなさそうだけど、一体——? 何が起こるのか身構えていたら、いきなり部屋の扉がバーンと開きました。
「わっ! びっくりした——って、竜王様!?」
 そこに立っていたのはインディゴ様ではなく竜王様でした。後ろには焦り顔のウィスタリアさん。竜王様の乱入じゃあ、そりゃ焦りますよね。
「これからダンスのレッスンだそうだな」
「あ、はい。そうです」
「余が相手をしよう」
「はい? でも、あの、インディゴ様が——」
「インディゴは仕事が忙しいからな。余が代わりにきた」
「いやいや、竜王様はもっとお忙しいじゃないですか」
「今日はそうでもない」
「えぇ……」
 絶対に嘘だ。竜王様は涼しい顔をしてるけど、後を追いかけてきた(と思われる)フォーンさんがすごい形相で私を睨んでますよ! 確実に仕事を放り出してきたでしょ。でも竜王様は全然気にする様子がないから、これはもうみんなで諦めないといけませんね。頭を抱えたいところですが、ツカツカと私の元にやってきた竜王様がさっさと手を取ってしまいました。
「それで? 何から始めるんだ?」
「何からって、本当にイチから始めないといけない感じです」
「踊ったことはないのか?」
「ありません」
 せいぜい前世で盆踊りくらいなもんです。言っても通じないから言わないけど。
「そうか」
 そう言ってフッと口元だけ微笑んだ竜王様。踊ったことないをのバカにしました!?
「竜王様はさぞかしお上手なんでしょうね! 私に教えられるくらい」
「もちろんだ」
「むぅ」
 微笑みが上から目線のように感じた私はムカついて食ってかかったけど、軽く躱されておしまいでした。当たり前か、王様だもんね。パーティーの時も、イヤイヤながらも踊ってたもんね。
「ほら、始めるぞ。ウィスタリア、伴奏を」
「かしこまりました」
 改めて竜王様と向かい合いました。いつもよりずっと近い距離。こんな間近で見つめ合うのなんて初めてだから、気付いてしまうとめちゃくちゃ意識しちゃいます。ヤバっ、なんかいきなり緊張してきた。
「余に合わせて動くといい」
「は、はい!」
 近すぎる距離と、初めてのダンスでドキドキしてるのに、心拍を整える暇もなくレッスンは無情にも始まってしまいました。

 タンタンタン、タンタンタンと小気味のいい三拍子のリズム。これはど素人の私でも知ってますよ、ワルツってやつですね。竜王様は音に合わせて動いています。後ろ、横、閉じる。からの前、横、閉じる。ふむふむ、これに合わせたらいいんですね。
「最初は足元を見てもいいが、慣れてきたら顔は上げろ」
「はい」
 少し続けていると動き方もわかってきたし、なんとなく歩幅もわかってきた気がしました。なかなかやるじゃん、私。って、調子に乗るとやらかしちゃうのが私ってもので、しっかり竜王様の足を踏んでしまいました。
「申し訳ございません!!」
「気にするな。しかし、罰として晩餐のはデザート抜きにしようか」
「そんなぁ〜!」
「冗談だ」
「もうっ!」
 いつもの竜王様との何気ない会話で、さっきまでのドキドキは消えていきました。不思議ですね。インディゴ様との急なお茶会はガクブルするほど緊張したのに、もっと偉い、竜王様とならこんなに自然に笑えるなんて。