図書室を出てダンスレッスンの場所にと連れてこられたのは、私の知らない広いお部屋でした。ホールのようだけど、以前竜王様の婚活パーティーを開いたところよりは半分以下の大きさくらいかな。白い大理石がメインでアクセントに金色の装飾がついたりして、重厚というよりは華やかな明るいお部屋です。
「わぁ……広っ」
「こちらは最近ではあまり使われることがなかった部屋ですから、ライラ様は初めてでございましょう」
「はい」
「以前は内輪の催しや、ちょっとした集まりなどに使用しておりました」
「そうなんですね」
 竜王様って〝内輪の催し〟も〝ちょっとした集まり〟も、全くしなさそうだもんね。そりゃ最近は使われてなかったていうのも納得ですよ。ということは、先代の王様たちが使ってたってことかな? 演奏会開いたり? 王妃様が、貴族を招いてお茶会とか? 私的な夜会なんかも開いちゃったりして? なんか色々妄想が膨らむけど……どれもこれも全く今の竜王様に結びつかないわ。でもせっかくの立派なお部屋だから、またいつか使う日が来るといいですね。ま、知らんけど。
 私がぼーっと考えている間に、ウィスタリアさんはテキパキとレッスンの準備を整えていました。
「まずは、歩き方から練習しましょうか」
「はい」
「基本の姿勢から。今日は何度も申し上げましたが、何事も背筋を伸ばすことが大事でございます」
「はい」
 そう、今日はもう何度も言われましたよ。ランチの時、お茶の時、隙あらば『背を伸ばして。姿勢を正しく』。今日だけでも数センチ背が伸びた気がしてるもん。まあ確かに、背筋は綺麗に見せる基本だけどね。自分では全然気付かなかったけど、意外と姿勢が崩れてたみたい。いつでも気を抜いちゃいけないって、貴婦人は大変だ。
「まっすぐ優雅に歩く練習に、これを使いましょう」
「これ、ですか」
「はい」
 ウィスタリアさんがにっこり微笑んで出してきたのは、さっき図書室から持ってきた本でした。マナー本どころかそんな用途だったとは。
「これを頭の上に乗せて歩いてみましょうか」
「できるかな……」
 とりあえずそっと頭の上に乗っけられましたが、フツーに立ってるだけでも不安定で今にも落としそうです。そんなに重くはないんだけど、逆にバランスがとりにくくてグラグラしちゃうんだよなぁ。体幹が強くないと難しいな、これ。
「では、歩いてください。はい!」
 とりあえず右足から、そーっと、落とさないように——。ウィスタリアさんの合図で歩き出したものの、頭の上が気になりすぎて綱渡りしているような感じになっちゃていて、もちろんそれは『優雅な歩行』とは縁遠く、すぐにダメ出し喰らいました。
「本を気にしすぎでございます。もっと自然に」
「ひゃいっ!」
 今度は本を意識しないでいつも通り自然に歩くと——はい、もちろん本落下。まじでムズいわ、これ。
「ええと……最初からこれは少し難しゅうございましたね。まずは本なしで練習いたしましょう」
「そうしていただけるとありがたいです」
 ウィスタリアさんの顔が若干ひきつって見えたけど気のせいだよね、きっと。さらに初歩、というか基本中の基本の、姿勢を保って優雅に歩く練習から始めてもらいました。
 立ち居振る舞いの練習は、私の覚えが悪いせいで〝とりあえずそれっぽく〟歩く練習だけとなってしまいました。