お菓子は食べやすさ重視なのか、クッキーやマドレーヌのような焼き菓子ばかりが用意されていました。
「うわぁ、美味しそう!」
 どれから食べようかしら。クッキー? マドレーヌ? どっちも美味しいに決まってるから、迷っちゃう! 無邪気にお菓子に手を出しかけてハッと我にかえりました。そう、今は賄いの時間じゃない、マナーのレッスン中なのですよ。ということはお上品に、優雅に振る舞わなくてはならないのです。ランチの時に学んだことも踏まえて落ち着け、私。これは手で食べても大丈夫なのよね? いや、実は簡単なお菓子と見せかけて、やはりここはナイフとフォークを使って取り分けないといけないトラップとか……あ、でも待てよ。そもそもいきなりお菓子から食べていいものかしら、ここは一呼吸おいて、お茶を味わってからお菓子を食べるべきなのか——? ここは『お腹は減ってませんのよ〜、でもお茶を楽しむついでにお菓子をいただくだけですのよ〜』感を出すべきね、きっと。よし、お茶から飲むか!
 やっと脳内会議が終わったので、お茶の入ったカップに手を伸ばしました。バロック様式の流れるようなレリーフが優雅なデザインの真っ白なカップは、お茶の色がよくわかってさらに美味しそうに見せています。とりあえず両手で持って飲んだらお上品に見えるかな? かちゃかちゃと音を立てるのはNGというのは知ってるから、そーっとね。カップを持ち上げるところからハードル高いなんて……。脳内でブツブツ文句を垂れながら、華奢なハンドルに細心の注意を払い人差し指をひっかけ、もう片方の手でカップを包むように持ったら。
「その持ち方は間違いでございます」
「あら」
 即座にウィスタリアさんからダメ出し喰らいました。ガサツな私にしては珍しく上品ぶったんだけど、間違いだったか〜。指摘を受けて止まった私に、ウィスタリアさんが正しい持ち方をレクチャーしてくれます。
「ティーカップは基本、片手だけで持ちます」
「こう、ですか?」
「指はハンドルにひっかけません」
「あら」
 添えていた手を離して見せたんですが、それだけじゃなかったようですね。指をひっかけちゃダメ? じゃあ、どうせいと?
「ハンドルをつまむようにして持つんですよ。こうやって」
 今度はインディゴ様が目の前で実演してくれました。なるほど、ハンドルはひっかけるんじゃなくてつまむ感じで持つんですね。
「そうすると指が綺麗に揃って、美しく見えますでしょう?」
「確かに〜!」
 ウィスタリアさんの説明でより理解しました。マナーはただ堅苦しいだけじゃなく、ちゃんと理由があるんですね。そのまま優雅にお茶を飲んでいるインディゴ様の指、男の人にしてはスラリとした綺麗な手元がますます美しく見えます。さらに納得。しかし私にガン見されながらでも気にせず涼しい顔でお茶飲めるインディゴ様すごい。
「正式なお茶の時間でもあるまいし、今のうちにどんどん間違えておけば、本番恥をかかなくてすみますよ。私相手の練習なんですから、気になさらず」
「いや、気になりますって。でも、ありがとうございます」
 いつもよりフランクなインディゴ様のおかげで変な緊張は解け、あとはなんとなく楽しめた気がします。もちろん注意はたくさん受けましたが。