旅の疲れと怒涛の展開の疲れで爆睡したようです、私。
「朝のお支度をしましょう。起きてください」
 すっかり寝坊してたようで、マゼンタに起こされてしまいました。……ん? マゼンタ? いや、マゼンタにしては起こし方が優しすぎる気が。
「まだ……マゼンタ……あと五分……」
「私はマゼンタじゃありませんよ、シエナです。ライラ様、寝ぼけてないでお支度しましょう」
「はっ! そうだった!!」
 シエナの言葉で飛び起きました。寝起きの、なんとなく焦点の定まらない視界に飛び込んできたのは、豪華な家具調度が置かれた優雅なお部屋。そうだ、私は以前の使用人用の部屋じゃなくて、『お妃様の』お部屋を割り当てられたんだった。
 情報処理が追いつかなくてぼーっとしていたら、シエナが肩にショールをかけてくれました。
「やっとお目覚めのようですね。早く着替えて朝食を摂られませんと、次のスケジュールに間に合いませんよ。ご飯抜きになってしまいます」
「それは困るわ」
「では、こちらへ」
「あ、はい」
 シエナの言うまま隣の部屋に付いていくと、そこは昨日見た衣装部屋。昨日は豪華なドレスにばかり目がいってしまったけど、よく見ると部屋の中には引き出しのたくさん付いたチェスト、姿見やドレッサーが置かれていました。改めて部屋の凄さに圧倒されていたら、シエナが慣れた感じでドレスを一つ選び、私の背中に当ててきました。ああ、そうか。以前のようにお仕着せというわけにはいかないもんね。
「サイズはぴったりのようですね。今日はこちらをお召しください」
 それは紺色の、シンプルなドレスでした。お仕着せとそう変わりなくない?——と言いたいところですが、表地が、明らかに繊細な作りのレースなのです(=高級品!)。肌触り的にも、実用的なお仕着せとは全然違う。
「お仕着せの方が楽なんだけど」
「お妃様はお仕着せを着ませんよ」
「ソウデスネ」
 お妃様っつっても〝(仮)〟なんだけどなぁ。
 慣れないドレスの着付けを手伝ってもらって髪も合わせて結ってもらったら、なんとなく貴婦人っぽいものになるから不思議。こんなド庶民な私でもそれっぽく見えるもんだなぁと感心しながら、鏡に映る自分をまじまじと見てしまいました。以前ここで、パーティー会場の案内係をやった時にも〝きちんとメイク〟はしましたが、まあ、普通のOLの清楚系メイクなので、華やかさという点でちょっと違うかな。



「お支度が終わったら、すぐ朝食ですよ。時間が押しています」
「はいっ!」
 シエナの後に続いてダイニングに移動です。昨日、晩御飯は竜王様と一緒だったけど、今朝も一緒なのでしょうか? だとしたら朝から緊張するんだけどなぁ。朝からイケメンは心臓に悪い。——なんて思っていたけど、着いたダインニングには誰もいませんでした。
「竜王様は?」
「竜王様はお忙しいので、執務室でお召し上がりになられています」
「そうなんですね」
 ふうん、そっか。……あれ? なんか私、ホッとしたというよりも残念な気持ちの方が強い気がしてる……?

 私が席についたのを見計らって、朝食が運ばれてきました。それと同時に姿を現したフォーンさん。
「おはようございます、ライラック様」
「おはようございます、フォーンさん」
「朝食をお召し上がりになりながらお聞きください」
「あ、はい。いただきます」
 私が朝食に手を出したのを見てから、フォーンさんは小さな手帳を開きました。
「今日の予定ですが、午前中は座学で、歴史や地理、社交界などを学んでいただきます。ああ、これは一度では終わりませんので、何日にも分けて勉強していただくことになります。その後マナーのレッスンも兼ねて、ランチはこちらでいただきます。午後からはまた座学に戻ります」
「ふえっ!?」
 歴史の勉強? 地理は竜王国の? ランチはマナーレッスン!? それを何日にも分けて? そしてご飯もレッスンなの!? ランチタイムは憩いの時間って相場が決まってるじゃないですか!(謎理論)
「ちょ、ちょっとフォーンさん!」
「なんでございましょう?」
「休憩は? 休憩はないんですか!?」
「ああ、失礼いたしました。午後の座学の途中にお茶の時間がございます。もちろん——」
「もちろん?」
「マナーレッスンも兼ねております」
「おおお〜〜〜いっ! そうじゃなくて、本当の、休憩、ですっ!」
 もう思いっきりつっこんじゃったわ。マナーレッスン兼ねたお茶は休憩じゃないのっ!
「ええと、ああ、そうだ。ほら、私は竜王様にスープを作らなきゃならないでしょ? その時間は? 含まれてないの?」
 それは休憩ではないけど、ナントカのレッスン兼ねたナントカ〜より、よっぽど息抜きになるでしょ。
「それは、まぁ……」
 手に持った手帳と私の顔を見比べつつ、言葉を濁すフォーンさん。
「それは?」
「おいおい、ということで」
 おいおい、か〜い! ということは今日じゃないってことでしょうが〜! ああ、もう。ツッコミどころが多すぎて血圧上がるわ。
 おいおいって……今日の休憩はあきらめるか。