「今日はもうこんな時間だ。ライラも疲れているだろうから、この後のことは晩餐を食べながらにしようか」
 という竜王様の言葉でハッと我に返りました。あらやだ、もうすっかり晩ごはんの時間じゃないですか。竜王城に帰ってきてからの情報が多すぎて、全然気が回ってなかったわ。そうとわかると途端に鳴き出す、なんて都合のいい私のお腹。なさけな〜い音が、竜王様にも聞こえてしまったみたい。 
「ふっ……ライラの腹は正直だな」
 竜王様に笑われちゃったじゃないですか恥ずかしい。
 とりあえず場所を竜王様のダイニングに移して、今後のことを話し合うことになりました。



 綺麗に盛り付けられた前菜に、ミディアムに焼き上げられたお肉——と、本気のトープさんのお料理は、めちゃくちゃ美味しいです。超一流の味って、こんなんなんだぁ。よくよく思い返してみれば、トープさんのお料理を食べるなんて、竜王城に来て初めてのことよね。だっていつも賄いだったから。見た目も味も美しい料理の数々——の中に、しれっと混じって私の味噌汁なんて、竜王様、なんで気に入ってくれたのかますます謎です。
 な〜んて脳内は饒舌に会議をしてますが、実際は黙々とご飯をいただいております。 
 今日はなぜか三将の方々もおらず、竜王様とサシ状態。広いダイニングテーブルが余計に広く大きく感じました。場違い感が半端ないので、今後のこと、さっさと直談判して使用人に戻りたいんだけどなぁ。何度も竜王様に話しかけようと思ったけど、こういう正式(っぽい)お食事中にペチャクチャとおしゃべりするのはマナー違反だと思い、自重しました。気楽な友達とのディナーじゃないしね。

 全ての料理を美味しくいただいた後、食後のデザートが運ばれてきました。そろそろお話ししてもいいタイミングよね? 私は竜王様に声をかけました。
「あの〜、竜王様?」
「なんだ?」
「これからのことですが」
「ああ。フォーン、説明を」
 最初からそのつもりだったのか、竜王様はフォーンさんに合図しました。デザートを運んできたメイドさんと一緒に姿を現し、そのまま居座って……ゲフゲフ、控えていたフォーンさんはこのためにいたのか……じゃなくて。懐から何かメモを取り出し、読み上げました。
「ライラ……ック様には明日から、お妃様になるべく勉強を始めていただきます。一般教養的なものから、座学まで」
 フォーンさん、何気に私の名前呼ぶのにためらいましたね? ま、いいけど。
「一般教養? 座学?」
「はい。竜王様の隣に立つにふさわしい貴婦人になるべく、教育させていただきます」
「えぇ……今さら勉強……」
 これがさっき私の部屋で竜王様が言ってた『お妃になる気持ちを作る勉強』か! 大学を出てはや数年(そして転生でプラスα)、もう私の脳細胞は減少の一途を辿ってるんだけど。
「そんなことをせずとも、余はライラが隣にいてくれるだけでいいと言ったのだがな」
「いや、気持ちを作れってあなたがさっき言ったじゃないですか」
「さあ?」
 今さらの『勉強』という言葉にずーんと落ち込んでいると、竜王様はフォローしてくれたようですがそうじゃない。しらばっくれてんじゃないですよ竜王様! しれっと視線逸らさないでください!
「……こほん。私はとにかく、以前のように厨房で働かせていただけたら十分なんです」
「未来のお妃様を働かせることなどできません!」
「いや、フォーンさんに言ってるんじゃなくて!」
「余もライラの味噌汁は飲みたいぞ。勉強の合間に……そうだな、息抜きに作ってもいいのではないか?」
「勉強よりもお仕事させてください! ただでさえお荷物感が半端ないのに、働かないなんていたたまれません」
「ライラック様が何かすれば後始末が大変なので、できれば大人しく勉強していていただきたい」
「ぐぬぬ……っ!」
 フォーンさんめ、痛いところをついてきやがりましたね。テーブルに置いた拳がワナワナと震えますが、竜王様はそれが面白かったのか、ふっと微笑みました。
「そう尖るな。疲れもあるだろう、今日はゆっくり休んで明日からに備えよ」
「……そうします」
 竜王様の言うとおり、今日は疲れてるから思考も鈍い。明日は明日の風が吹くって言うじゃない。今日はとにかく休んで、また明日考えましょう。