ライラのお茶のレッスンを終えてラファの執務室に行くと、いつものように書類の山を淡々と処理していました。勝手に休憩に来たスプルースが、ソファーでくつろいでいます。
「遅かったな」
「ええ、授業が長引いたんで」
 私には目もくれずどんどん処理されていく書類の山を確認すると、どれもきちんと目が通されているようで、疑問点や修正点にはメモ書きがされています。さすがラファ。まあこのメモの処理は、後で私の仕事になるんですけどね。
「そうか。順調か?」
「そうですねぇ。順調といえば順調ですね」
「なんだその煮えきらない答えは」
「そうとしか言いようがないからですよ」
「ふん」
「インディゴも、休憩のお茶をもらう?」
 それまで黙って私たちの会話を聞いていたスプルースがお茶に誘って(?)きましたが、あいにくお腹は満たされていますのでね。
「いいえ。お茶はレッスンに付き合わされて済ませてきました」
「あ〜そ」
 スプルースは気にすることなく流しましたが、ラファは違ったようです。
「お茶のレッスン……はライラではないのか?」
「そうなんですが、母に無理やり引き止められまして。いや、私としてはすぐに引き上げるつもりだったんですけど」
「…………」
 おや。一瞬その整った眉が動きましたね。他の人なら気付かないレベルの変化ですが、私にはわかるんですよ。
「しかし、意外と話も弾んで楽しかったですね」
「…………」
 ピクピクって! ラファ、さすがにそれはわかりやすすぎですよ! ちょっと楽しくなってきました。
「いやぁ、まさかこの後のダンスのレッスンにまで付き合えと言われるとは思いませんでしたけどねぇ」
「ダンス?」
「ええ。ライラは『一人で大丈夫』って言ったんですけどね、母が私に相手を務めろと言うもんで」
 私の意図に気付いたのか、スプルースが密かに肩を震わせています。ラファはすでに書類から目を離し、私をガン見していました。
「いや〜、この後も仕事が詰まっているというのに」
「…………」
「困りましたねぇ」
「…………余が行こう」
「はい? 声が小さくてよく聞こえませんでした」
「余が、行く、と言った!」
 ちょうどその時、フォーンが追加の書類を執務机の上に積み上げていたもんだから、ギョッとしてラファを見ています。
「おや」
 もう決断しちゃいましたか。
「煽り耐性なさすぎ」
 もはやスプルースは隠すことなくクスクス笑っています。が、しかし、ラファは気にしちゃいません。
「インディゴはこの後も仕事をたくさん抱えているのであろう?」
「いやいや、私よりラファの方がたくさん抱えているじゃないですか」
 ほら、フォーンが首がちぎれんばかりに頷いてますよ。しかしラファの眼中にあらず。
「大丈夫だ。後でやる」
 まあ、ラファが後でやると言ったらきっちりやるのはわかってますからね。どうぞ、ご自由に。
「はいはい。レッスンは大広間ですよ。そろそろ始まってるんじゃないですか」
「承知」

 さっさと部屋を出ていくラファの後ろを、フォーンが『竜王様〜! お待ちください〜! 急ぎの書類がぁぁぁ〜』と追いかけていくのには笑いを堪えられませんでした。