政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~

 かたや私はといえば、真面目に勉強してきたつもりだけれど専務の足元にも遠く及ばない。今だって彼らが何を言っているのか想像もできないので、愛想笑いを浮かべるくらいしかできないでいる。

 ふいに専務が私の腰に手を回した。

「紗空」

 突然私の名前を呼び、顎に指をかける。

「はい?」

 スッと近づいた彼の顔がそのまま重なった。

 ――え!

 固まる私をよそに、大使の息子は「お、しあわせ、に」と専務の肩を軽く叩いて行ってしまう。

 その背中を睨みながら専務はチッと舌打ちをした。

「ったく油断も隙もない奴だ」

 ――専務? い、今のは何ですか?

「ああ、ごめんごめん。紹介しろなんて言うから恋人だって言っておいたんだよ。あの男は女たらしで有名なんだ」

「あ、ああ……そ、そうですか」

 あははと笑ったけれど、心臓は暴れ馬のように今にも飛び出しそうだった。

 直接唇ではなくて、少しずれていたけれど、多分ずれていたけれど、キスでしたよね? 今のは。


 私のファーストキスを、専務に奪われた。


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