政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~

 専務はいくつかブランド名を上げて、どこがいいかと聞いてきた。完全に遠慮する機会を逃してしまったので、ありがたく最初に専務が言ったブランド名を告げる。

 専務は運転手に行き先を指示をして、そのまま口を閉じた。

 静かだ。

 でも、リムジンの中には心を癒すようなクラシックが流れている。

 なんの音もなければ緊張は増しただろうけれど、うす暗い車内で優しいバイオリンの響きを耳を傾けるうち、ざわついていた心の波は穏やかになっていく。

 落ち着いたところで思い返してみた。

 専務は、一体どうしたんだろう?

 彼は女性の涙に弱いタイプじゃないはずだ。青扇で、バレンタインデーに泣き崩れた女の子を振り返りもしなかった。どちらかといえば嫌いだと思う。心配するどころか忌々しそうに眉をひそめていたのだから。

 専務室で酷い言い方をしたのは、私があの場にいるとは思わなかったからというのはわかる。

 でもコーヒーがまずかったのも、その先の言い分も本音だろう。

 だからいいのに、無理しなくても。