政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~

 照れ笑いを浮かべる専務を見たのは初めてで、あらかわいい、なんて思ってしまった。

 いつも悠然と構えているはずが、今日は百面相のようにころころと表情を変える。こんな彼を見るのは初めてなので、調子が狂ってしまう。

 専務の後ろについて廊下を進むと、すれ違う秘書が頭を下げて通り過ぎていく。

 こんなふうに専務と一緒に社内を歩くのは初めてだ。

 まるで海原を進む豪華客船のデッキに立っているような気分。左右に分かれていく社員の真ん中をちょっと高い所から眺めるみたいな、そんな感じである。

 エレベーターに乗るのも最優先。
 下りる途中エレベーターの扉が開くと、彼に気づいた社員たちはピクリと緊張するし、女性の場合は花が咲いたように瞳を輝かせる。

 でも彼自身は慣れているのだろう。人の視線など意に介せず堂々としている。

 それどころか彼はまだ私を気にしているらしく、振り向いて優しく微笑んだりするものだから、社員の目が私にまで向けられるので困ってしまう。

 まだ泣き顔のはずだし、化粧も直していないのに。
 うつむいて前髪を引っ張った。