加郷の行きつけの店、雲の巣はtoAビルから少し離れた路地にある。雑居ビルの地下にひっそりと存在する小さな店だ。
足早に階段を下り扉を開けて、奥の席を覗くと彼はいた。
「お疲れ」と声を掛けると、加郷はスマートホンに落としていた視線を上げた。
目元はほとんど見えない。前髪は長く、整髪料を何もつけていないであろうバサバサな髪が、黒縁の眼鏡にすだれのようにかかっている。額には大きな傷があるので、目元まで伸びている髪は傷を隠すせいかもしれない。
加郷にはおよそ表情というものがない。アンドロイドのように、人の温もりとか活力というものを感じさせない口が「お疲れ」と動いた。
雲の巣のランチメニューは和食か洋食の日替わりランチのみ。
私はこの店に来たら和食の日替わりランチと決めている。サバの味噌煮なら当たり。ここの味噌煮は絶品だ。
「で? 秘書はどうだ?」



