須王専務はひとりでいる。

 ゆっくり話をする機会もないので、とても久しぶりだと思いながらカップを静かに置いた。

「入金確認したぞ」

「そうですか。よかったです」

「急がなくてよかったのに、本当に大丈夫なのか?」

「ええ。両親とも昔から楽天家ですし、趣味で始めた農業にすっかりはまっていて。専務にくれぐれもよろしくお礼をと言っておりました。ありがとうございました」

 両親からは直接会ってお礼をしたいと何度も言われているけれど、それは私が密かに断っている。忙しい専務に気を遣わせたくなかったから。

 穏やかな笑みを浮かべる専務と、こうして仕事の指示以外の会話を交わしたのは、いつ以来だろう?

 イヤリングをもらった時が最後かもしれない。

 ここ数日胸に宿った不安の原因はそのことにあるのだろうかと思った時だった。

「織田の令嬢と婚約することになった」

 須王専務が、そう言った。

「……え?」

 彼の瞳は、真っ直ぐに私を見ている。

「婚約にあたって、済まないが、君には退職してもらいたい」