コトッと微かな音をたててデスクの隅にカップを置くと、専務は私をチラリ見て「ありがとう」と言った。

 でもそれだけで、あとは何も言わない。

 それは普段通りのことで特別違うわけでもなく、怒っている様子もなければ何か言いたそうな気配もなかった。

「失礼します」と、専務室から出ると途端に悲しくなった。

 どうでもいいのかな。専務にとっては。

 あれやこれやと振り回されているのは私だけ。バカみたい。

 トレイを机に置いてそのまま自分の席に座ると、外れた緊張の糸がスルスルとほどけ落ちて、涙がハラハラと零れた。

 えっ、どうして泣いているの。

 いきなりの涙に自分で呆れながら慌ててティッシュで涙を拭く。

 泣くなんてどうかしている。

 一方通行の恋に落ちた自分が悪いんだし、加郷には自分から会いに行ったんだもの。むしろ専務に誤解されたほうがいいのよ。嫌われればあきらめもつく。

 加郷が会社を辞めると聞いて、ちょっと情緒不安定になっただけ。

 そう思うのに、なぜだかまた涙が溢れてくる。