旅館で酔いにまかせた告白もなかったことにするしかないのだから、気にしても仕方がないって、頭ではわかっている。

 それに、加郷にはただ虫を取ってもらっただけだ。

 どう思われても堂々としていればいいのに、何を気にしているの?

 目まぐるしく思い巡らし、エレベーターを降り廊下に出ると、自分でも驚くほど胸が苦しくなった。

 一旦自分の席に荷物を置いて、化粧室で化粧を直していると、遅れて入って来た梨花さんが専務戻って来たわよと教えてくれた。

 買ったばかりをコーヒー豆を持って給湯室に行き、専務のためのコーヒーを用意する。

 おいしいはずなのに、暗い闇を吐き出したように見えるコーヒーからは、いつになく苦い香りが鼻につき胸を締めつける。

 専務は何か言ってくるかな?

 聞かれれば言い訳ができるけれど、何も聞かれなかったら?

 その時はどうしよう。

 ――はぁ。

 専務室の前で大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けた。

「失礼します」

 須王専務は、手元の書類に目を落としていた。